【前回の記事を読む】山道を必死に歩くなか…景色の異様さに「不安が大きくなった」
もうひとつの村
集落の入り口に自分たちと同じくらいの年頃の子供を見かけた。一重まぶたの細い目に少し薄い鼻の端たん整せいな顔立ちをした女の子だった。さゆりがちさに目配せをして二人で女の子に近づいた。
しかし、女の子は山のような洗濯物を抱え、二人に気づく暇ひまなどないように、忙しそうに河原の方へと向かっていった。日に焼けた長い手足はたくましく、軽々と洗濯物を抱え、川へと降りる石ころ道をものともせず、素早く歩き、たちまちノイバラの茂しげみに見えなくなった。
声をかけることができなかった。
ノイバラの葉がつやつやと輝き、白い花が彼女の歩いていると思われるあたりで揺れている。
リュウトが自分たちより少し年上の男の子を見つけた。ヨモギやノビルに覆われた畦に身をかがめ、田んぼの水門を開けている。田んぼの中ではタニシやミズスマシ、ゲンゴロウが泳いでいる。用水の中にも水草が生え、その葉に隠れるようにフナが泳いでいる。ドジョウも顔をのぞかせてくる。
「農薬、使ってないんだ。農薬を使うと、ゲンゴロウなんかいなくなる」
リュウトがぽつりと言った。少年は田んぼの水量の調節をしていた。さゆりが走って行って、「こんにちは」と声をかけた。はるなも追いかけた。
「何をしているの? お手伝い?」
「てつだい? とんでもない。てつだいなんかじゃない。これ、ぼくのしごと」
と、男の子は答えた。
「いま十二さい、十さいすぎたら、いちにんまえ。みんな、しごと、する。やくにたたねばならない。はたらかなければならない。でなければ、ごはん、たべられない」
リュウトが尋ねた。
「田んぼの水の調節が自分の仕事なの?」
はるなは田んぼの中をゲンゴロウが泳ぎ、ミズスマシが滑すべるように進んでいくのを目の隅で見ていた。男の子は続けてリュウトに言った。
「いや、たをおこし、もみをまき、そして、せわする。みのれば、かりいれて、うる」
「売るって、どうやって」
「さかなやてつとこうかん」
「お金じゃないんだ」
「こめ、ほしいひと、こめあげる。わたし、さかな、ほしい、さかなもらう。てつも、こめとこうかん」
リュウトが頷(うなず)く。
「つぎ、まめまき。そだてて、しゅうかく。すべて、わたしのせきにん。うまくいかないとき、だれかにたずねる」
「すごいわね。りっぱだわ」
と、はるなは感心した。田んぼの中にはゲンゴロウやミズスマシの他にもタニシやミミズの赤ちゃんのようなものもいる。いろいろな生き物がこの狭い中にもいるのだ。はるなは生まれて初めて田んぼの中をゆっくり見た。
小さな生き物というと蝶ちょうやトンボ以外には、母を「ぎゃっ」と叫ばせるゴキブリぐらいしか、今まで殆(ほとん)ど意識して見たことがなかった。男の子の話といい、この小さな生き物たちといい、はるなには考えられない不思議な世界だった。