もうひとつの村
坂を下り、山裾を少し進むと何軒もの建物が見えた。
「見たことがある建物」
かやぶき屋根の家を指して、みやが言った。教室の半分くらいの大きさの建物がいっぱい建っている。とても数え切れない。大きいものから、小振りなものまで、大きさも形もいろいろある。
「あっちのも見たことがある。足が生えたような背高のっぽ」
みやが指さした建物は、木の柱が床を持ち上げたような形をして、まるで、一階が車庫、二階が住居になっている学校の近所の家のようだ。床下が妙に寒々しい。
集落だの回りには濠が巡らされ、その外にきれいに整地され、畦で囲まれたテニスコートぐらいの大きさの田んぼが何枚も並んでいる。水をたたえた田んぼの稲はま小さく、植えられて間がないのか、物差しの丈ほどの小さな葉が水面から顔を出している。
まんべんなく植えられているが、整列をしていない。株の大きさもあまり揃っていない。植える時は苗の本数も間隔もそろえなければ収量が悪いと農家のリュウトは教えられている。リュウトがこれは田んぼじゃないと言った。
「これって稲だろう? 間違いないよな。米じゃなぁ。これじゃぁ、田んぼなのに田んぼじゃない。じいちゃんはこんな田植えの仕方をしない。おかしい」
「やっぱり、私っち、変な所に来たっけじゃ」
みやが泣きそうな声になっている。ちさがますます強くさゆりの手を握った。声を出すことすら忘れてしまっている。
巡らされた濠の内側には木の杭がずらりと整列している。板の橋を渡し、集落に入れるようになっている。濠の中には魚が泳ぎ、風が吹く度に水面が小さく波打つ。水草が揺れ、法面をザリガニが這っている。ザリガニは大きなハサミを掲げながら、ささっと這っていく。「泣くな。弱虫」ゲンタがみやに言った。
「泣くなじゃないでしょ。もう少し優しい言い方はないの」
はるなはゲンタの前に立ちはだかって抗議した。
「おあいにくさま」
ゲンタの言い方にかっとなったはるながゲンタを撲とうとした時、さゆりがはるなの手を止めた。
「そんなことしとる場合じゃないけん」