【前回の記事を読む】【小説】「おまえのものだ」謎の男と洞窟で採取した特別な石
なぞの男
はるなにはこの景色が不思議で、一つひとつ、「この花なあに? この草は? この虫は?」と尋ねる。ショウはその殆どの名前を知っていた。
「なんだ、そんなのも知らんのか。ば~か」
いちいち、減らず口を言いながらもきちんと名前を言った。フキを指さした時には、「フキ」と、みやとリュウトが同時に答えて、思わず笑いあった。はるなにとっては一つひとつが不思議で興味深く、立ち止まっては見入ってしまう景色だが、男はこのおもしろい景色を全く気にする様子もなく歩いて行く。
そして、板のさしかけられた屋根の下で作業をしていた二、三人の男に掘り出した石を渡した。ここいる人たちもまた洞窟の男と同じで、この涼しい季節に腰巻き一つだ。大汗をかきながら、グリ石から赤いところをそぎ落とす作業をしていた。彼らはそぎ落とした手のひらいっぱいの赤い小石を小袋に入れ、洞窟の男の石と交換した。
少し下った所に、先ほどよりは広めの棚田があった。こちらにもたくさんの植物が生えている。さらに少し離れた所に、まだ緑色の小さな実を付けたびわや、金色に輝く金柑の実、あるいは、花の準備をしている栗の木などが生えていて、蝶や蜂などが飛び交っている。さゆりが興味深そうに昆虫を眺めている。
「羽の形がアゲハに似ている」「羽の文様は二重丸が三つ並んでいる」「めっちゃ小さなトンボ、羽は水色がかった透明」などと、一つひとつの特徴を頭に叩き込むように独り言を言っている。ここにはいくつか物置小屋程度の簡易な建物がある。雨風は十分防げるだろう。かんぬきも付いている。
リュウトがこの小屋のことを尋ねると、「しょくりょう、あめにぬれるとくさる。かびる。たべられない」と答えた。
「でも、かんぬきなんて、いるん?」
「さる、かしこい。とびらをあける。いのしし、つよい。こやをこわす」
「ふーん。おもっしょい。じいちゃんと同じこと、言いよる」
「つよいたてもの、かぎつき、やねつき。ここに、しょくりょう、しまう」
と、男が言った。
みやが何カ所か指さして、
「でもいくつも頑丈そうな小屋がある。あれ、何に使うんけ?」
と疑問をぶつけた。