【前回の記事を読む】「他人の不幸は蜜の味やって」浮気を決定づける証拠写真が…
第二章 別離
「“人は貧すれば鈍するって”正さん、よう言うとったやんけ。経済的にゆとりがあるときはどんな人間かて穏やかで、なくなったらカリカリするし喧嘩もする。なかには悪事に手をだす奴もおるて。それから、ワシがドツボに嵌っとったときかて、“朝の来ない夜はない”とかうまいこと言うて、力づけてくれたやんけ」
「あぁ、みな覚えとる。けど浅井ちゃん、もうええて、この辺で堪忍してくれや」
「怒ったんか?」
「いいや、言われて身に沁みてるよって、心配するようなことはせえへんから」
「そうか、それやったらええ。そんでや、どやろ、正さんがこれからやり直そうと思とるんやったら、従弟の会社を手伝ってくれたらええんやけどなぁ。羽曳野のおっさんのとこや。今は代が変わって長男が社長やっとる。友和や、覚えとるやろ? 今は子供五人も作って子煩悩のお父ちゃんになって真面目に家業継いどる」
「浅井ちゃんとこは一人もおらんのに、五人もおるんけ」
「あれ、こないだ話したっけ?」
「イの一番に。ケイちゃんとの仲もいろいろ聞いたわ」
浅井と話しているうちに、気持ちが徐々に前向きな気持ちになっていくのが不思議だ。
「あれからほぼ三十年や、ワシは身の丈に合ったように仲買をぼちぼちやっとるけど、友和とこはバブル崩壊も持ちこたえてけっこう手広くやっとる。従業員はもう百人近いし年商も二十億円超えとる。けんど人材がおらんのや。来年北京でオリンピックがあるし、その先の二〇一〇年には上海万博もあるやろう、その中国に支店を出さんかちゅう話もあるんや」
「すごいやないか。鉄屑屋も今は立派なリサイクル環境企業かいな」
「なんぼ大きなっても、汚れは汚れや、現実に人材に難儀しとる。人手はあっても優秀な人材が来んのよ。もし、正さんに友和とこの仕事を手伝ってもらうことになったら、羽曳野に行ってもらうことになるけど、息子さんには気の毒やけど、どないやろ?」
浅井は表情を曇らせながら言った。
「ええんちゃうか。アイツはもう中学生やし、今みたいに俺とユリがごちゃごちゃしているのを見ないでも済むし、大阪から金を送ったらそれでええがな」
飛びつきたくなるような申し出だったが格好をつけて私は他人事のように言った。私の返事を浅井は黙って聞いていた。
「どないしたん、黙り込んで?」
「いや、正さんがそない言うんやったら、なんでもあらへん」
輝のことを気にかけてくれているのか? 今でこそ少しばかり父親らしいことはしているが、主夫をやると決心する前は酷な父親だった。仕事が順調なときはほとんど朝帰りか、週の三日は家を空けていた。