廉にしては早起きし、レッスン室で二台のピアノの置き位置を和枝と相談していた。年が明け一月十日の朝のこと。

十二畳のレッスン室に、以前、新高島ピアノサロンの成田社長からいただいたスタインウェイピアノのモデル別の実物大型紙を広げて、ああでもない、こうでもないとベストポジションを探す。

約束の十時を二十分回ったところで、車体とクレーン部に「STEINWAY & SONS」のロゴが入ったトラックが、角を曲がって緩やかに向かってくるのが二階ベランダから見えた。電車で来た宮田店長もほぼ同時に到着した。

早速ベランダの防音用二重窓が取り外され、ピアノがクレーンに吊り上げられ部屋に入ってくる。

和枝は公道を挟んで向かいの駐車場からこの作業をカメラに収めている。位置決めは、和枝の考えを聞きながら宮田店長が采配を振るい、てきぱきと、しかも丁寧に進められ、和枝の納得が得られるまで試行錯誤をさせてくれた。

最終的に宮田店長のアイデアで、二台とも部屋の壁に対して平行ではなく、少し角度をつけたサロン風なおしゃれな配置に落ち着く。

もちろん動かすたびに和枝が音を鳴らして響きを確認しながらの作業だった。和枝は、これから遥と音を紡いでいくスタインウェイピアノを、自分のレッスン室で、今度は「試弾」ではなく自分の楽器として弾く。

緊張しながらも、時折はち切れんばかりの笑顔で「いい音!」と呟く。

部屋に馴染むのには少し時間を要する、と説明があったが、廉の耳に今届いているのは紛れもなく「比類なき音」だった。