転校翌日
次の日、打って変わって、誰もはるなに話しかけてこなかった。しかし、みんな、チラチラと何か話しかけたそうに見ている。視線を感じてそちらを向くと、途端にその人は余所を向いて、別の人と話し始める。そして、別の方向からの視線を感じる。ずっとそんな感じだった。給食の時、思い切って隣の席の女の子に声をかけてみた。
「おいしそうね」
「ほじゃね」
「?」
「そうだねって意味さぁ」
と、後ろの席から声がした。背が高い痩やせた女の子だ。ダンガリーのブラウスにデニムのスカートを穿いている。
「後で運動場へ行こまいか」
その子が誘ってきた。
「うん」
と返事をした。その女の子はみやといった。二人は校庭の隅の桜の木の下で自分のことを紹介した。二人の頭には桜の花びらが、一枚、また一枚と音もなく降りかかる。桜の木を見上げた。桜は下向きに花を開いている。
「よく来たね」
と、見上げる二人に微笑みかえしているようだ。みやも半年前、他県である静岡から転校してきていた。最初は言葉が違うことでいじめられたり、習慣の違いに戸惑ったりしたので、今のはるなのこともよく分かると言った。
「こっちの方言はさ、多分すぐ理解できるようになると思うだに。言葉の違いによるいじめなんて最初だけ。じろじろ見られるのも物珍らしい時だけ。でも、習慣はね、分からないことだらけ。スーパーでお寿司を買ってきたら金時豆が入っていてびっくりしたり、干していないちりめんを柔らかいままどんぶりご飯にしたり。隣の家の人が、いきなり裏庭から入ってきて、野菜や魚を『いるでぇ』って、置いていったり。びっくりする」
ちさとさゆりが近づいてきた。
「東京の学校って今、授業は何しとったん?」
さゆりが尋ねたが、学年の変わり目の転校なので、授業については聞くことはなかった。学校より、塾の特訓の方が話としては目新しかった。このあたりでは小学校の頃は皆のほほんとしている。それなのに、はるなは塾で幼稚園の頃から「隣はライバル」と教えられ、競争しながら毎日を過ごしてきた。それはちさやさゆりには考えられないことだった。マンション暮らしというものも二人には珍しい。さゆりが尋ねた。
「去年、東京のおばさんの所へ行ったんよ。マンションの入り口には警備の人がおって、おばさんに連絡をして、ドアロックを解除してもらって、中に入ったら、大きなホールの奥にインフォーメーションがあって、お姉さんが優しかった。はるなちゃんのマンションにもインフォーメーションのお姉さんがいたん?」
マンション住まいに憧れているちさも、
「十階建て、二十階建てのマンションてどんな感じ?高い所の景色って、きれい?」
「インフォーメーションのお姉さんて、はるなちゃんのことを覚えてくれているの? 優しかったん?」
と重ねて尋ねた。
「東京のマンションて、隣の部屋の人と顔を合わすこと、あるん?」
とたたみかける。
「あんなに厳重だと私は窮屈だったんじゃけど」
とさゆりが言った。マンション住まいに興味のないさゆりがしらっと口を挟む。
「警備システムは入っていたけど、私がいたマンションは特に高級マンションでも何でもないから、インフォーメーションはなかったよ」