スノードロップの花束

残業で遅くなった夜のこと。すでに家族は夕食の片付けを終えて寛いでいたが、ラップをかけたコロッケの一皿が、穂波の分としてテーブルに置かれていた。

「サラが手伝ってくれたんだよ」と太一。

「わあ、感激。キャベツの千切りはサラ?」

「サラちゃんはコロッケも上手に俵型にしてくれたのよ」

[グランマ]に褒められサラが嬉しそうなので、キャベツが幅広いことは言わないでおく。穂波は冷蔵庫から缶ビールを一本出して開け、コロッケをつまみにグイと飲む。

「おいしい。サラ、ありがとう」

サラが拳でガッツポーズを作り階段を上って行くと、太一の母が穂波に小声で告げた。

「サラは何か悩みがあるらしいよ。家に帰りたくないって言ってた」

「そんなことを? 屈託ないように見えるのにね」

気になった穂波は、食事を済ませた後でカップ入りプリンを二個持って、サラの泊まっている長女の部屋へ行った。

「コロッケのお礼だよ。サラ、一緒に食べよう」

「太るよ、ホナミ」

「的確な日本語ね。ねえ、サラの家はどんな家?」

「んー、大きい。三階。リフトある」

「ああ、エレベーター? すごいね。家族は?」

「パパ、ママ、お兄さん、サラ、ステファン」

「お兄さんは何歳? ステファンに似てる?」

「二十歳。お兄さんはママに似てる。サラとステファンはパパに似てる。彼は……スピーチが上手」

「なるほど、彼は政治家向きね。サラはアーティスト向きかな」

「maybe.サラはマンガ好き。グラフィック好き。ママはパーティーやゴルフ好き」

「ああ、気が合わないってこと? 親子でも兄弟でも好きなものは違うから、気が合わなくても大丈夫。好きなことをやればいいよ。でもちゃんとママに自分の気持ちを伝えて。それに、ほかの人の好きなことも認めてあげるようにね」

穂波はときどき英語に言い換えながらサラに語りかけ、一方頭の片隅で思い出していた。二人の子どもの子育てに悩んだ時期、進路のことで喧嘩した時期もあった。

長女は独立心旺盛な子で手がかからなかった反面、納得がいかないときは親や教師に反旗を翻す[やや問題児]だった。高校は進学校へ進み、最初は文系コースで「新聞記者になりたい」と言っていたのに、二年の途中で突然理系にコース替えし、農学部へ行くと言い出した。自宅から通える場所にも国立大の農学部があるのに、醸造学科のある大学をいくつか受験し京都の大学に進み、昨年卒業して京都に本社を置く酒造メーカーに就職した。この子は何事も事後報告なので、親に相談してくれないことが腹立たしく、気持ちを問い質して穂波が理解できるまで時間がかかった。