スノードロップの花束

天気予報は雪だったが、昨夜から降り始めたみぞれはやがて雨に変わった。

雪かきも覚悟して早く起きた上杉()(なみ)は、ブラインドの隙間から窓の外を見て気が抜けた。通勤時の車のスリップや渋滞の心配から解放されほっとしながらも、この地方で二月に雨なんてどうかしていると思う。

「濡れたー」

柴犬のジャックとの散歩を切り上げて帰ってきた夫の太一が、タオルを頭から被ってダイニングに入って来た。薪ストーブの上に乗せた(ほう)(ろう)鍋から昨夜の残り物の肉うどんが煮詰まる音がして、厚手の鍋つかみでテーブルに移す。うどんはスープ代わりにして、あとはパンとサラダ、漬物も並べる。二人の子どもが進学・就職で県外へ出て行ってから、夫とその両親との静かな朝食にも慣れてきた。

七時のニュースが始まる頃には、穂波は食事を終えて食洗機のスイッチを入れ、隣の洗濯機でちょうど脱水が終わった洗濯物を室内の物干しに並べ掛ける。車のエンジンをかけるためにガレージに出ると、玄関横の花壇で雨に打たれている(まつ)(ゆき)(そう)の蕾を数個見つけた。一昨年の秋にチューリップと一緒に植えた球根から芽が伸びていたのだが、暖冬のためか昨年より早く咲きそうだ。

花のない枯れ草色の冬の花壇に雪のように白い花が開く様を想像して、頬が緩む。それから暖機運転の間に着替えと化粧を済ませると、4WD車の運転席に滑り込む。丘陵地にある自宅からゆるやかな坂道を下り、ところどころ渋滞する川沿いの国道を走ると、十五分ほどで勤め先の建設会社に着く。

「おはようございます」

とすれ違う一般の社員は男女ともユニフォームのブルゾンを羽織っているが、管理職はスーツを着ていることが多い。穂波はショートコートをロッカーのハンガーに掛け、家から着てきた紺のパンツスーツのまま更衣室を出て、総務課長の席に着いた。

月曜日は定例の課長会議があるので、総務課の説明資料を確認しながらパソコンを開きメールをチェックする。課長会議では、働き方改革関連法に基づく有休取得義務化の取り組み報告と、来週から始まる就活生のインターンシップの受け入れ、さらに来年度新規採用社員の人事配置と研修計画についてなど総務課の説明項目が多く、何かにつけて事業部門の課長からの抵抗も予想されるので頭が痛い。

県外の営業所へメールを返信し朝礼前のストレッチ体操をしていると、穂波の上司に当たる経営管理部長の小泉が小走りでやってきた。

「上杉課長、至急一緒に副社長室に行ってくれ」

「何かありましたか?」

と尋ねても小泉は答えず、片目をつぶって首を振ってみせる。嫌な予感がした。老獪な副社長と小心な部長が顔を揃えると、たいてい無理難題を総務課長である穂波に下ろしてくる。