KANAU―叶う―

いつだったか店長のともみさんに店名の由来を尋ねたことがあった。「いつもあなたの心に寄り添っています」という意味を込めているらしい。店内はテラスをふくめて十六台のテーブルが並んでいる。それはすべて色も形も不揃いで、二人掛けから六人掛けまで大きさもばらばらで、すべてのテーブルに不揃いにテーブルクロスがかけてある。来店する度に柄の違うテーブルクロスで、その日を占われているような楽しみがあった。

不揃いのテーブル、椅子、テーブルクロス。不揃いのライト。統一感があるのは、暗めのライトの明るさが一律だからだろうか。テーブルクロスの色味のバランスがいいのだろうか。真っ白な壁がカラフルさをおさえているのだろうか。なんとも言えない絶妙なバランスの中でこころが保たれるような、そんな落ち着きと心地よさを味わえる。望風の大好きな空間だった。

その中でも、八席のカウンターは一席ずつに、小ぶりのライトとランチョンマットが構えてあって、心を見透かされているかのような、ともみさんの絶妙な言葉かけや表情や最高の笑顔が、オプションでついてくる。L字型の左隅の席が望風のお気に入りだった。その建物全体の左端は、大人二人が並んで通れるくらいの、トンネルのような入口になっていて、大人の目の高さくらいの位置と足元くらいの位置に小窓が並んでいる。トンネルを進んでいくと木製のドアがある。

クリーム色の手塗りと思わせる、コンクリート壁の、トンネルの入り口で、望風は、傘をとじて、雨をそっと、ふるい落としていた。雨粒が傘の柄の先からぽたっ……ぽたっ……と落ちる。その音はピアニッシモで奏でられた。

雨音は、無音に近くなった。

奥からドアの開く音がした。望風が振り向くと、スーツ姿の男性が二人、順にでてきた。後からでてきた男性は、あの人だった。時が止まった。なぜか今、合った視線がほどけない。彼の唇は会話したまま動いている。手も体もドアを閉めながら動いているのに、視線は望風と合ったまま。ドアを閉めてトンネルを望風の方まで歩いてくるまで、その間もずっと……。何が起きているかわからなかったけれど、目が離せなかった。二人は、ずっとそうしていたいかのように、ずっと見つめ合ったまま。

彼は、トンネルを抜ける頃、やっと視線をそらして軽く空を見上げ、雨か……とつぶやいてまた、望風の目を見た。望風は、黙って、傘を差しだした。声はだすことができなかった。まるで金縛りにでもあったかのように体が動かなかった。もう一人の男性はもう、走り出している。近くに車を停めているのだろう。彼は、

「ありがとう」

と無表情で言った。時が戻った。一度下を向き、走りながら望風の傘を広げていた。望風は、その後ろ姿を見えなくなるまで見つめていた。まだ魔法が解けない。そっと降り出した雨は、神様のいたずらなのか。狙いすまされた落とし穴に落ちてしまったような衝撃が、望風を呆然とさせる。

一茎でつながった二粒のさくらんぼが、揺れた。やわらかに触れ合った音は、始まりのチャイムとなった。