KANAU―叶う―
その日、ともみさんは、白の半そでTシャツにデニムパンツ、白スニーカー、ピンクと細い黒のストライプ柄の腰巻エプロンを巻いていて、エプロンの真ん中あたりには、グレーの大きめのポケットがついていた。細身でスタイルのいい体に映えている。素敵だなと感心しつつ、いつだったか、武士がともみさんと結婚したいと言っていたのを思い出した。呼びかけの続きに、ともみさんが持っていた紙袋から取り出して見せたのは、望風があの人に貸した折りたたみ傘だった。
「この傘、望風ちゃんの?」
「あ、はい」
と答えると、
「常連さんでね? 日向さんって言うんだけど、傘を借りたっていう次の日にいらっしゃってねー。お話聞いてると、望風ちゃんじゃないかなーって。なにかお礼にごちそうしたいっておっしゃってたわよ」
「そんな大したことじゃないし……」
そう言いながら、紙袋ごと受け取った。ただの傘なんだけど、ふたりをつないでくれたようで望風にとっては、宝石箱にそっとしまっておきたいような思い出の傘となった。紙袋を開けて中を見てみると、名刺が入っていた。手に取ると、日向 大也 とある。Diamond Bouquet CEO。名刺の下端にチャットアプリのIDが書いてあった。
「なんか飲む?」
ともみさんからの声に、はっとして、
「あ、あー、アイスココアにしよっかな。チョコレートプレートも」
ともみさんが、「うん」とうなずいた笑顔がキュートで、なんだかほっとした。手書きのチャットアプリIDがうれしかった。日向が望風に、一言お礼を言いたいだけだとしてもうれしかった。
YOUR HEARTのカウンターの椅子は、一人掛けソファみたいな座り心地で、背が高くて脚が長くクッション性の高い背もたれと肘掛けのあるイージーチェアーが並べてあるので、つい、スマホチェックやら、読書やら、時間をかけて過ごしてしまう。その日も読みたかったファッション雑誌を、チョコレートを味わいながら読もうかなと思っていた。でも望風は予定を変更して、チョコレートを食べながら、今夜の予定をたてた。
店をでたら帰宅して、早めに入浴を済ませようと。帰宅したらまず、庭のハーブを摘んで、その束をおふろにいれようと。そうこうしていると、夕飯になるはずなので、済ませたら、二階の自分の部屋で、日向さんにメッセージを送ってみようと。今夜のメインは、日向さんへのメールをしっかり味わう事だった。その時間を大切にしたかった。
過ごす時間の中に、明らかに刻みたかった。跡にしたかった。自分の部屋で、誰にも見られずに隠れて連絡をとりたかった。誰にも邪魔されたくなかった。平静を装わずに、誰にも見られたくないにやけた顔でメールの返信を待っていたかった。
望風は、アイスココアを飲みほして、コップの中の氷を一つ、口の中にいれた。その氷を口の中でキャンディのように扱った。左側の頬がふくれた望風の顔がキュートで、そんな望風を見ていたともみは、望風の恋を察知した。