第五節 すれ違った友
ほんのしばらくの滞在と思っていたが、数日しては布団を取り寄せると、玄関の板の間に敷き詰めて、あとは梃子でも動こうとはしなかった。
生活能力がまるでないのは仕方ないにしても、変に人を困らせては、面白おもしろがっているようなところがあった。
強いて気にも留めないままに放っておいて、いつしか十ヶ月も過ぎたろうか。圧し掛かってくるような依存の重圧に、さすがの私も辟易して愚痴をこぼすようになっていた。
見かねた友人がFに出ていくように催促すると、Fは血相を変えて怒り出し、包丁を持ち出して暴れた。取っ組み合って、力負けしたFは雪の積もった庭に転がり落ち、さらにその下の道路にまで転がり落ちた。
一メートルを超える積雪の中だったので、怪我はなかったろうが、寒さは一入のことだったろう。Fはギョッとしたような顔をしていたが、しばらくして警官を連れて帰って来た。
自分がリンチにあった、と警察に訴えて出たのだ。やって来た警官は、訝るように考え込んでいたが、何か私に言い掛て、結局、何も言わずに帰っていった。
そして、Fもいつの間にかどこへともなく姿を消していた。再びFとすれ違ったのは、それからまた三年ほどしてからのことだった。
その時、私もアル中の末期症状に行き着いて、大阪の施設に収容されていた。
そこの買い出しの途中、路上生活者のたむろする薄暗い通りに、ふとFの姿を見掛けたのだ。
Fは瞑想でもするような眼差しで、空を仰いだまま、夢遊病者のように手押し車を押して歩いて来た。ひどくやつれていて、持病の脊椎カリエスでくの字に折れ曲がった背中が痛々しかった。
私は喧嘩別れした相手にいきなり出食わした衝撃で、立ち尽くしたまま動けなかったが、Fは私に気づくこともなく、私の前を通り過ぎていった。
棒立ちになっていた私が気を取り直した時には、すでにFの姿は人混みの中に消えていた。「助けてやれば良かった」と思ったが、もうあとの祭りだった。
それを最後に二度と再びFの姿を見ることはなかった。あの落ちぶれた様からして、Fが生きていけるものとはとても思えなかった。