はじめに

私は今、六十九歳になるアルコール中毒者である。

酒を()ってすでに十六年になるが、この(やまい)は完治することはないという。病の原因は累々(るいるい)と積み重ねてきた絶望にあった。その原点は、十代のなかばに心を病んで学校から疎外(そがい)されたことだった。

孤独になって本ばかり読んで、文系の大学に(はい)ったものの、そこで学生運動に身を(とう)じていった。やがて、落伍者となって、東京をさ迷った。

そして、田舎(いなか)に帰って、仕事を転々(てんてん)としたが、それは酒なしにはできることではなかった。私は絶望(ぜつぼう)の過去からも、絶望の現実からも、(のが)れようとして酒を飲んだ。

そして、酒と過労によって体を(こわ)し、断酒して治したものの、再飲酒してから酒が()まらなくなった。最後はまったく社会から疎外されて、風雪の山野(さんや)を四ヶ月と六日さ(まよ)い、死に切れずにいたところを、アル中の施設に(あず)けられた。

それから十一年、その施設で矯正(きょうせい)生活を送った。ヘンリー・ミラーのいう「精神のシベリア」だった。今は後遺症を残しているものの、施設を出て(ひと)()らしの老人として()きている。