【前回記事を読む】彼は私の差し出した瓶の酒をラッパ飲みすると、虚ろな顔で湯の中に滑り込み、沈んだまま浮かんでこなかった…
第一章 悲の断片
第二節 友の死
そんなことがあってから、腹水で膨(ふく)らんだ腹を抱えて、憂いに沈むKの顔に死の翳(かげ)が兆(きざ)した。顔が土色になり、肌もザラザラになっていた。それによろけてよく転(ころ)んだ。
それでも恐ろしい勢いで酒を飲み、ついには私の顔も識別できないほどに意識を濁(にご)らせ、焦点の定まらない眼差(まなざ)しで、虚空を見つめていた。道ですれ違っても、気付いて呉(く)れないことが二三度続いたあと、彼の家の庭の築山(つきやま)に、Kの車が乗り上げて、斜(なな)めに傾いたままに乗り捨てられていた。
閉めきられた彼の家は、不気味な沈黙に包まれたままに時間だけが過(す)ぎていった。四日目の朝、末の娘が廊下(ろうか)のガラス戸を開け、大きく溜息を吐(つ)いて伸(の)びをした。何かが終わったという感じだった。それから家中の戸が開け放(はな)たれ、葬式(そうしき)の出入りが始まって、Kが死(し)んだことが分(わ)かった。
Kを失って、私は独り孤独の中に取り残(のこ)された。「寂(さび)しいでしょうね。いつも一緒(いっしょ)だったのに」すれ違う人はそんな言葉を私に投げ掛(か)けていった。
けれども、私にはそれがむしろ思い掛(が)けないことだった。私はそれまで自分が彼に友情を抱(いだ)いていたことを意識していなかった。私は自分が彼から離れて、孤独を保(たも)っているように思っていたのだ。
しかし、それが間違(まちが)いだったことは、時と共に明らかになった。振り払(はら)っても、振り払っても彼の思い出ばかりが懐(なつ)かしく思い出されて、こみ上げてくる寂(さび)しさを止(と)めることができなかった。
それから一年余り、私は話す相手もなく、彼の亡霊に導(みちび)かれるように、彼と遊んだ思い出の場所を独(ひと)り訪(たず)ねて回った。そして、所在無(しょざいな)く酒に浸(ひた)った。
孤独の酒は、とても冷たくて、苦(にが)かった。いっときそれが私を慰(なぐさ)めることがあったにもせよ、死に向かった流れであることを、止(や)めようとはしなかった。