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工事費横領の噂「裁判所」のゲーム

起こった事実

この話は、私が入社2年目のときに起こったものです。当時、私は工場の設備部隊に所属して、前に述べましたように化学プラントの仕事を担当していました。

化学プラントの仕事のなかには、設計や工事のほかに、機器や工事を発注するため、仕様書を書いて伝票を発行するという重要な仕事もあります。このため、多額のお金を取り扱うことも特徴といえます。当時、本社では1件が何十億円、何百億円といった規模の工事を扱っていましたが、工場の場合は1件が一千万円未満の工事を取り扱っていました。

しかし、私は常に50件ぐらいの工事案件を抱えていましたので、合計すれば、何億円といったお金を取り扱っていたことになります。

今回は、そのお金に関するお話です。

さて当時、工場の各化学プラントは年に1回、定期修理を行っていました。定期修理期間中は、プラントの運転を止めて、各設備を開放し内部を点検して異常の有無を調べたり、新規の設備を設置する工事を実施したりします。この定期修理というのは、非常に大規模な作業で、約1ヵ月にわたり土日返上で行われました。

また、日ごろ工事でお世話になっている協力企業(鉄工会社、保温材の会社、足場仮設会社、塗装会社、検査会社など)の人たちが一斉に作業現場に入るというのも特徴です。このため、ピーク時には1日に何千人という人が同時に現場に入って作業をします。

そして、この期間中は現場を1日中歩き回るというハードワークが続きます。私の場合は、前年、定期修理の1ヵ月間で体重が約7kg減りました。そして、定期修理では、こういった多忙で混雑した状態になりますので、協力企業も含めて、全体の安全管理を統括する統括管理組織をつくることが法律で定められており、その組織が定期修理全体の安全活動を管理していました。

さて、そんな定期修理の最中のことです。

私は、いつものように多忙で、そのときも、ある現場から別の現場へと急ぎ足で移動していました。すると、設備の陰に定期修理の統括管理組織の副委員長が立っていて「永嶋君、ちょっと……」と私を手招きするのです。

その人は、ある協力企業の所長をしていらっしゃる方で、もうかなりご年配でした。私は、「はい」と返事をして、その人のところへ行きました。すると、その副委員長は声をひそめて、次のようなことを言い出したのです。

「永嶋君。実は、協力企業のなかで、君が会社の工事費を横領しているという噂が立っている。かなり信憑性の高い噂だとみんな言っているんだが、実際のところ、君、どうなんだ?」

工事費……横領? 

私はとっさに何のことか理解できませんでした。

その次に頭に浮かんだのは、警察……逮捕……手錠……といったシーンでした。頭がグラッと揺れたように感じました。