しかし、次の瞬間、「そんなばかなことが絶対にあるわけがない」と何とか気を取り直すことができました。もちろん、会社の金を横領したことなど、あるはずもありません。それどころか、入社2年目の「新人」に過ぎない私にとっては、どのようにしたら会社の金を横領することができるのかなどわかるわけもありません。
しかし、それよりも、たかだか入社2年目の「新人」に過ぎない私に、なぜそのような噂が立っているのかがまったく理解できませんでした。
やっと、気を取り直した私は「もちろん、横領なんかやっていません」とはっきりと答えました。
その副委員長は、非常に厳しい顔をして、黙って私の顔を見つめていました。それは明らかに、私が嘘を言っているのではないかという疑いの目でした。
長い時間が過ぎました。しかし、私がそのように感じただけで、実際には1分も経っていなかったでしょう。
が、やがて副委員長は、ゆっくりと一語一語かみしめるように「とにかく、気をつけるように」とだけ言って、その場を立ち去っていきました。その後ろ姿は、彼がまだ私の言葉を完全に信じたのではないことを雄弁に物語っていました。
統括管理組織の副委員長をするような立場の人が言っているのですから、そのような「噂」が実際に立っているのは間違いないでしょう。しかも、話からすると相当な信憑性を伴って広まっているということです。協力企業に広まっているということは、当然、私の所属する会社にも広まっているということに他なりません。
私は、一体どうすればいいのか、途方にくれました。
その「噂」には悪意が込められており、誰かがそのような嘘の「噂」をでっち上げて、私に攻撃を仕掛けているのは明らかです。しかし、どうしてもわからないのは、入社2年目の、まだ右も左もわからない私に、そのような攻撃を仕掛けることに一体どのような意味があるのだろうかということでした。
副委員長との会話は、忙しい定期修理期間中のほんの一瞬の出来事でした。しかし、その会話は、私にとんでもない課題と重荷を突きつけたのでした。
しかし、その時期が定期修理の最中のてんてこ舞いのときだったため、何か対応を取るにもその時間も余裕もまったくなかったこと、また「噂」の内容が内容だけに下手に動かないほうがいいと判断したことから、私は何のアクションも取らず、この「噂」を放置して様子を見ることにしました。
すると、それ以降、そのような話を二度と聞くことはありませんでした。おそらく、「人の噂も七十五日」のことわざ通り、その「噂」は、いつしか消えてしまったものと私は考えました。
しかし、本当のところはわかりません。私が、周りの人に「私が工事費を横領しているという噂を聞かれたことがありますか?」と聞いてまわるわけにもいきませんので、「噂」の存続を確認する手段はありません。実はそれ以降も、私の知らないところで、その「噂」は生き続けていたかもしれないのです。
話はこれだけなのですが、「会社というのは怖いところだな」という強い思いが私に残ったことと、しばらくのあいだは、かなり強いストレスを継続して感じたことは事実です。