女盗賊 紅葵
麻衣がこんな盗みを働くようになったのには、訳がある。
以前、七、八歳くらいの娘が路頭に倒れ、父親の名前を呼んでいた。
父親は亡くなっていたのだ。
娘はいつまでも泣いている。
それを見た時から、麻衣は、富豪からお金を盗んでそれを裏長屋の人たちにばらまくと言う作業をやっていたのだ。
四半刻(三十分)後、二人は、橋のたもとの屋形船の中にいた。
「どう、危なくなかった?」
「別に何ともなかったよ」
新之助が言う。
「そう、あんたなら大丈夫だと思っていたのよ」
麻衣が言う。
「でも、初めてで、びっくりしたでしょう」
「うん、だけど、面白かったな」
「そりゃ、そうでしょ。いつもたむろしている輩と騒ぐのだったら、この方がよっぽどいいわ」
麻衣は微笑んだ。
「この金はどうするんだ」
「ええ、これからばら巻きに行くわよ」
新之助は懐の金を、持ち上げた。
重いなと感じた。
「それはそうと、腰の物は何だ?」
「ふふふ、別に何でもないわ」
「何でもない物を投げるか?」
「そう……」
麻衣はそれ以上何も言わなかった。
「あんたは、その中から五両取っていいわよ。それを引いた後は全部ばらまくのよ」
新之助は黙っていた。
「わたしは全部ばらまくからね」
そしてまた暗闇の中を走るのだった。
裏長屋に来た。
その屋根を渡りながら、少しずつお金をばらまいて行く。
中から頓狂な声が響いてくる。
「お母ちゃん、お金があるよ。あの紅葵さんだ!」
子どもの声だ。
「あ、お父ちゃん、お金だ。べにあおいさんだよ」
「あ、良かった。死ななくて……お金だよ」
いろんな声が聞こえる。
新之助は思った「紅葵」というのは麻衣のことだったのか。
それにしても麻衣はいったいどういうところの娘なのか?
新之助は、屋根を渡りながら、麻衣を見るのだった。