女盗賊 紅葵
そのころ麻衣の実家では大変なことが起きていた。麻衣の実家は、柑子町の屋敷にあった。祖父の家だ。門構えはかなり大きい。それもそのはず、麻衣の祖父は、将軍家の老中の親戚にあたる、倉橋盤衛門と言った。在職中はずっと老中を支えて来たのだ。今は年を取ったため、職は退いているが、影の老中として、まだ権勢を誇っている。
この祖父が、麻衣を目の中に入れても痛くない、というほどの可愛がりようで、麻衣の見合い相手を探し出していたのだ。というのも、麻衣が頻繁に出歩いているのが気に入らなかったのだ。麻衣は家人に黙って、店を手伝っていたのだから……。夜も黙って、出ていたのだ。
「おおー、麻衣。明後日はわしに付き合ってくれ!」
やっとつかまえた麻衣にそう言う。
「え、明後日はわたし用事があるのよ」
「そんな用事は打っちゃってしまえ。こっちの方が大切だ」
「大切って、何?」
「そりゃ、大切な用事だ」
「だから、何? て聞いてるじゃない」
「だから、大切と言っているんじゃ」
おじいさんも、はっきり言わない。前の時のことで懲りているのだ。以前、見合いをしようとお膳立てをしたら、麻衣はどこに行ったかわからずじまいだったのだ。麻衣は仕方なく、行く羽目になった。
その日、麻衣は小さな貝殻を見つめていた。これは近くの子供たちがくれたものだ。その貝殻に、自分の好きな花を描いている。葵の花が好きだった。麻衣は描き終ると、ふっとため息を吐いた。今度私も海岸に取りに行かなくちゃね。これを今度の武家屋敷で使おう。当日、綺麗な着物に着替えて歩いて行くと、門構えのしっかりした料理屋に入って行った。
「ほーれほれほれ。こっちじゃ」
と言いながら、祖父は嬉しげに進んで行く。麻衣は、その声に思い出すことがあった。以前もそうだ。
「ほーれほれほれ」
と言いながら、見合いの席に連れて行ったではないか。今度も……。麻衣はきっとなった。又見合いではなかろうか。ふすまを開ける。座敷だ。開けると、そこには、立派な侍が座っていた。その横には母親らしい中年の奥方が並んでいる。麻衣は、やっぱり、と思いながら、どうやって断ろうかと、胸算段をする。
庭には小さな山の方から、水が少しずつ流れている。楓の葉がかすかに揺れて、静かなたたずまいの中に、荘厳な感じを与える。庭にも金をかけているんだわ。麻衣はそう思った。そして麻衣は静かに座った。奥方がじっと見ている。座ると、相手をじっと見た。
ほお今度はかなりいい男を見つけたな、と思う。麻衣の前に座っているのは、きりっとした侍だった。落ちついている。侍も麻衣を見つめている。以前の侍は、麻衣を見なかった。知らん顔をして、自分のことばかり言い募ったのだ。軽薄男だった。だが、今度の侍はきちんとしている。侍の瞳も澄んで清らかだ。麻衣は、どう話そうかと苦慮している。