女盗賊 紅葵

翌日、祖父は、まんざらでもない顔で、麻衣に言った。

「林太郎が、お前を気にいって、しばらく付き合いたいと言っている」

麻衣は、ふん!と思った。

「誰があんな人と付き合うか?」

心の中で思ったが、顔は微笑みながら答えた。

「そうですね。また会う時があったら、その時に……」

とはっきりしない言葉で答えたのだった。祖父は嬉しげに、お前も林太郎と付き合って結婚か?と言いながら目は笑っているのだった。

「ああ、やだやだ」

麻衣はそう言いながら、今日も店の前を荒々しくほうきで掃くのだった。向こうから新之助が一人で歩いて来た。麻衣は思った。

「新之助の方が、何ぼいいかしれないね」

だが、どこかで隠れていたらしい。仲間たちがどっと新之助を取り巻いて騒ぎ出すと、

「男はだめね」

と喉の奥でつぶやいた。麻衣は今日も、店の前の水を撒いている。

今日は見合いした林太郎と会わなければならない。嫌だけどこれも何か役に立つかもしれないので、返事は素直に「はい」とだけ言ったのだ。

「ああー、忙し忙し!」

附近の柳の木は、枝が垂れ、ゆっくりと揺れていた。男を二またかけているのではないよ。

これも生きていく処世術なんだ!

虎谷屋の怪

麻衣は、着物を着替えながら、林太郎と会った時のことを思い出していた。

次は料亭ではなく、橋本家の池の傍だった。橋本家は祖父の遠縁にあたる人の家だった。住まいは別にあるが、この場所は、長く橋本家に仕えていた老夫婦に任せていたのだ。

時々、忙しさから逃れたいときにこの家を使っている。

「あら、向こうに水が流れていますね」

「そうですね、水は、こちらに真水になって、小さな滝の流れのようですね」

「フフフ、林太郎さんて、物の言い方が上手ですわ」

「いえ……」

林太郎は赤面している。どうも、この麻衣さんには、言葉使いも気にしなくてはならないのか。

「いいのよ、わたしそんな言い方って知らないから、胸がドキドキしちゃった」

麻衣は屈託なく笑う。

「麻衣さんは、どんな庭が好きですか?」

「こんな庭……かな」