女盗賊 紅葵
麻衣は自分の部屋で、物思いにふけっていた。今まで私一人で武家屋敷に忍んでいたけど、今度からあの新之助を連れて行こう、と思った。そう考えると、何だか楽しい。新之助は好きとか嫌いとかそういう人ではない。ただのお客さんだ。
「だけどこれからはそうもいかないわ。私の片腕になるのだから……」
そう考えると、心がほのぼのしてくる。
「フフフ、新之助がこんなにいい男だと思わなかったわ」
麻衣は一人で笑った。
「さてと……次はどこにしよう」
麻衣は分厚い本をめくるのだった。
「うん、ここだわ」
本の中から一か所を指す。そこは同じ旗本だが、かなり悪どいことをやって、金回りは良さそうだった。麻衣は文を爺やに渡して言った。
「これを新之助に渡してきてね。必ず新之助に逢って渡すのよ」
念を押す。その晩五ッ半(午後九時ごろ)、麻衣は暗がりにいた。軒下の暗がりだ。小間物問屋の伊勢屋の軒下だった。麻衣は、黒の着物に黒い布で頭を隠し、目だけ出し、両側に桃色の端布を長く垂れ流している。着物は男のように、尻はしょりをしていた。黒い脚立で足を隠し、そっと軒下に潜んでいる。
誰かが来た。抜き足差し足、ゆっくりと周りを見回し近づいてくる。男のようだが、やはり黒い着物を着て、全身黒ずくめだった。軒下に近寄る。
「遅くなった……」
新之助だった。新之助は、麻衣のいでたちを見ると、仰天した。
「麻衣さん、そんな恰好をして、良いのか?」
「いいわよ」
麻衣はにっこり笑うと、そっと走り出した。走り出したと言っても、音は立てない。音を立てずに走るのが慣れていた。静かなもんだ。お目当ての家に着いた。ここは同じ旗本だが、納戸係をやっている金縁清座衛門の家だ。お金の羽振りはいい、と評判だった。
わいろも受け取っており、金の貸し借りも、借りる方はいいが、貸す方はほとんどないと言うご仁だ。ま、悪徳旗本と言ってよいだろう。その塀に、新之助をしゃがませて、その背中に乗って、はいっとばかりに向こう側に下りた。新之助は、向こう側から、太い縄を垂らしたのを伝って、これもやはりひょいと降りた。植木が多く、隠れるのには丁度よい。
「これからお金のあるところに行くんだよ。静かにして……」
麻衣が、囁き声で言う。
「わかった」
新之助が答える。
「さ、行くよ……」
「おう!」
息はぴったりのようだ。