冬麗や視界九割富士の嶺
俳句の神様との思いがけない出会いの話を終えて三人を見ると、半信半疑の様子だった。中澤は口をすぼめ腕を組んでいる。立村は、左手を額に当て下を向いている。市島は窓の外を見てじっと考え込んでいたが、ふと思いついたように、一つうなずいてから、こう言った。
「松岡は、怪しげな宗教やオカルトの熱狂的な信者でも神秘主義者でもない。血色も良くて、神経衰弱で幻覚を見たり、夢遊病に悩んでいるようにも見えない。すると、俳句の神様の降臨は本当かも知れないな」
中澤も、左手のひらを右手の拳で打ち、発言した。
「そう、松岡はあの大学紛争の大変な時期、ゼミの幹事を二年間も務めた、くそまじめで信頼できる人間だ。嘘はつかないし与太話もしない。俺も、松岡の話を信じるよ」
「だが、本当に神様が目の前に降りて来ることなど、あるものかな」
そう言う立村はまだ信じられない顔つきだ。
「じゃ、思い出してほしいのだけれど、何か一生懸命やっていることがあって、ある瞬間、自分の力を超えることが現実に起こったように感じることって、これまでになかったか」
私の質問に、三人とも右上や左上を見上げてしばらく考えこんだ。
「あ、そういえば、ゴルフでホールインワンをやった」
高校ではボクシングをやっていたが、現在は渋い紳士然としている市島が叫んだ。
「その時、なぜホールインワンができたか説明できるか」
「いや、何も考えずに、振りぬいたら入っていた。理屈じゃなく、入ってしまったという感じ。その時は、誰かが僕のスイングをスムーズにしてくれたみたいだった」
中澤も合気道有段者の太い指を組んで言った。
「俺にもあったぞ。三年前のことだけど、周りの畑が全部ひどく病虫害にやられたのに、うちの畑の野菜だけが無事だったことがある。隣の畑の人に、対策を尋ねられたが、特別なことを何かしていたわけでもない。うちの畑のみ病害虫が避けて通り過ぎて行ったみたいだった。いろいろ考えてみたが、どうしてだか原因が全くわからなかった」
「市島のホールインワン、中澤の病虫害回避は、きっと二人が一生懸命、夢中で打ち込んでいるのを、神様がご覧になって、助けてくれたんだ。それ以外に奇跡に近いことの説明のつけようがないじゃないか。私のところにも俳句の神様が降りて来てくださった。実は、その後も、何回か俳句の神様に会っているんだ」
「自分にはそんな経験はないな」
立村は大げさに身をよじって悔しがった。