六月二十五日 月曜日
少女と告発と海潮音 2
女子生徒は、1-Eの有川祥乃と名乗った。
「それで、きみがここで人を見たっていうのは、いつの話?」
「あの……木曜の夕方です」
「ふうん。だいたい、一年生のきみが、どうしてそのとき三階にいたんだろう?」
「あ……ええと、それは……」
昼休みが終わりに近づき、多くの生徒が教室にもどりはじめていた。その生徒たちも、戸口をくぐった瞬間、教室を支配しているふつうではない空気を読みとった。
そして、見知らぬ一年生に対して質問を続ける桜井桂衣子の姿を見ると、そのまま静かに、この場で起こっている事態の推移を見守る側にまわった。その中には、日奈邑六花の姿もあった。
「わたし、文芸部に入ってて、今度読みあわせをすることになった詩集の資料を、円谷先生に借りにいったんです」
円谷先生は国語の教師で、職員室とはべつにほとんど自分専用の教員室を三階に持っている。一部の生徒から「美咲杜の主」とか「長老」とか呼ばれている、この学校一番の古参教諭だ。
「その詩集っていうのは?」
「あ……上田敏の『海潮音』です」
「へえ。やっぱ文芸部は高尚だね。ラノベとか読んでるわけじゃないんだ」
「読まないわけじゃないですけど、部活では……」
「まあいいわ。で、先生には会えたの?」
祥乃は、短く首を振った。
「いえ、お部屋にはいらっしゃいませんでした」
「あの先生は高等遊民だからね。三階にいるわたしたちだって、めったに顔を見ないよ。なにしろ、たまたま見かけた新入生が『怪しい人が校内をうろうろしてる』って職員室に通報したっていう伝説の持ち主だから。ああ、ごめん、話そらしちゃって」
「あ、いえ」
祥乃の声の、張りつめた糸のようなこわばりが少しだけゆるんだ。二人のやりとりを見守っていた葉月は、さすがはおケイ、と感心する。
「じゃあ、ここからが核心だね。きみがこの教室に人がいるのを見たのは、円谷先生の部屋に行く前? それともあと?」
「前です」
「すると―こういうこと? きみは2-F 脇の階段をあがってきて、円谷先生の部屋に向かい、廊下を歩いていた。で、そのとき、この教室にだれかがいるのを見た」
「はい。ちょうどそこの扉が、開いていて……」
祥乃が、振り向いて教室後部の出入り口を指さした。扉と穂波の机の位置関係を考えれば、そこで細工をしている人間が見えてもおかしくない。