少女と憂鬱とフレミングの法則 2
「こんなふうに、毎日きっちり教室にきて、なんて言わないわ。少しずつ、ミュウのペースで慣れていってくれればいいと思ってる。でも、さっきみたいに自分を甘やかす理屈を並べて開きなおってたら、いつまでたったって、なにひとつ変わらないよ」
「厳しいなあ」
ミュウは、髪からのぞく耳たぶの先をぽりぽりとかいた。
「当然よ。厳しいことだってちゃんと言う、って決めたんだもん」
「スパルタだ」
「そうよ。鬼にだってなるんだから。だって、わたし―」
わたしは、精いっぱいの鬼の目でミュウを見た。
「この学校で、三年間ミュウといっしょにいたい。ミュウといっしょに卒業したいの」
うそじゃない。ほんとに、ただそれだけなのに……。
「わかってる」
「わかってない」
「わかってるってば。だから、帰ってきてすぐここにきて、オセロまで用意してきみを待ってたんじゃないか」
なんでオセロなのよ、とつっこむ前に、べつの疑問が頭をかすめる。帰ってきてすぐ、ってどういう意味だろう。どこかへ行ってたってこと?
「紅茶の準備だってちゃんとできてるし、ほら、お菓子もある」
そう言ってミュウは、菓子の並んだ折り箱をわたしの前に置いた。
あれ? 今日のお菓子はいつもの揚げせんべいじゃないぞ……。折り箱をのぞきこみ、菓子の包み紙に書かれた文字を読む。
「かりんとう……まんじゅう?」
「うん、最近はあちこちでいろんなかりんとう饅頭を売ってるけど、これは、ぼくが一番おいしいと思ってる老舗のかりんとう饅頭なんだ」
話しながら、ミュウの手が、早くも菓子の袋に伸びる。
「ただ、通販なんかしてないから、地元に行くことでもなきゃ、なかなかゲットする機会がないんだよ」
「地元? ミュウ、あなた、いったいどこに行ってたのよ」
「うーん……あてのない旅、ってとこかな」
そう言いながら、ミュウは、いつの間にか饅頭の袋を開け、せっせと口に運んでいた。
「あきれた……学校サボって旅とか、どんだけ自由人なの?」
「片雲の風に誘われて、漂泊の思いやまず、ってことがあるじゃないか。ぼくたちはみんな、人生という名のSLに揺られる、行き先知らずの旅人なんだよ。心に響く汽笛にうそはつけないんだ」
「あのね、学生の本分は、学校にきて授業を受けることなのよ。旅人や詩人になるのは、ちゃんとその本分を果たしてからにして! ていうか、そのお菓子、お茶請けじゃなかったの?」
「味見だよ、味見。お茶請け用は、ちゃんとべつにとってある」
わたしは、はぁ〜と長い息をついた。
「ほんと、お気楽なもんだわ。さぞかし楽しい旅だったんでしょうね。どうせ、わたしのことなんか、ちら、とも思いださなかったんでしょ?」
自分で言ってて、これじゃまるっきり、すねてる子どものセリフじゃん、と思う。
「そんなことはないよ。ちゃんと、きみへのおみやげも買ってきた」
ミュウが、足もとに置かれた紙袋をごそごそとさぐり、なにかを取り出す。