六月二十一日木曜日

少女と憂鬱とフレミングの法則 2

「なにかが道をやってくる、と思ったら、やっぱりきみか」

ヨウム室に入ったわたしへの、ミュウからの最初の言葉がこれ。

「どうせわたしは、なにかです。それより、一週間も音沙汰(おとさた)なしでなにしてたのよ!」

「一週間じゃない。土日をのぞけば、たかだか五日じゃないか」

大きなアンティークチェアに身をあずけ、エンジのスカーフをこねこね指でよじりながら、しれっとした顔でミュウが言った。テーブルの上には、なぜかオセロのゲーム盤。

「ぜんぜん、たかだかじゃないでしょ!」

「やれやれ……寝起きのハシビロコウみたいにご機嫌ななめだね」

「なんですって?」

わたしは、腰に手をあてたまま、憤然としてミュウに歩み寄った。よくわからないけど、ろくな意味のたとえじゃないことだけはまちがいない。

のほほんとしたくつろぎモードのまま、ミュウは、片八重歯をきらりと光らせ、クリスマスのプレゼントを待つ子どもみたいな目をわたしに向ける。

……出、出たわね。天使のような悪魔の笑顔。でも、ダメだもん。そんな攻撃でたじろぐほど、わたしだって甘くないんだから。

「なんで、そんなにニコニコ楽しそうなのよ?」

「だって、久々にアリ子(ス)のぶんむくれ顔を見られたからさ」

そう、ミュウは、わたしを「アリ子」と呼ぶ。冷静に考えてしまうと、かなり恥ずかしいその名前は、もともと、美鈴さんがわたしにつけたあだ名「アリ子(こ)」を、ミュウがさらにもじったもの。もちろん、ミュウとわたし、二人の間だけの呼び名だ。

「なんでわたしが、こんな顔してると思ってるの!」

「カルシウム不足なんじゃないかな。今朝、牛乳を飲み忘れてきたとか」

「ちがいます! まじめな話をしてるときは、ちゃんとまじめに答えてよ!」

ミュウが、少し不服そうに

「ぼくは、一貫してまじめなんだけどなあ」

とつぶやく。

「ほんとにもう……」

わたしは、ミュウの隣の椅子にすとんと腰をおろした。

「ちゃんと、って言われても、なにをどう話せっていうんだい」

「だから……病気で寝こんでたとか、そういうことじゃないんだよね……」

「ああ、実を言うとぼくは、一年に一度この時期だけ、腕がまったく動かなくなる病気をかかえてるんだ」

予想もしなかった答えに、わたしは愕然(がくぜん)とした。

「ほんとなの!? それ、ちゃんと病院には行ってるんだよね?」

「病院には行けない。これは、スナイパーの宿業(しゆくごう)だから」

「すない……ぱあ……? しゅくごう……?」

ミュウが、両手で指鉄砲のかたちをつくり、ぱん、と撃つようなしぐさをする。

「なに、それ」

「ダブルエア00ガン」

そのまま、しばしの沈黙。

「―もしくは、フレミングの右手・左手の法則、ハイパーコンボ」

「よくわからないけど、それ……冗談ってことでいいのかな」

「その判断は、おおむね正しい」