六月二十一日木曜日
うしろからのんびりついてくるミュウのほうに振り向き、わたしは言った。
「ね、ミュウ。今度こそちゃんと考えてよ、ケータイのこと」
「またその話か」
うんざりしたような顔で、ミュウが額ひたいに手をあてた。
「でも、今どきのナウなヤングは、ケータイじゃなくてスマホとかいうやつを使うんだろ? きみが持ってるようなケータイは、ガラケーとかいうんじゃなかったっけ」
「ナウなヤングじゃなくて悪かったですね。わたしには、ガラケーで充分なの!」
勢いにまかせ、ミュウに詰め寄る。
「じゃあ、なに? もしかして、スマホなら買ってもいいとか?」
「いや、まったくもって興味の範はん疇ちゆう外がいだね」
ええ、ええ。そうでしょうとも。きいたわたしがバカでした。
「だいたいぼくには、どうしても納得いかないことがあるんだ」
「え? なんなの?」
「スマホってのは、たしかスマートフォンの略なんだよね」
「うん……そうだけど」
「スマートフォンを略したら、スマホじゃなくてスマフォじゃないか。略称としては、明らかに一貫性がなくておかしい」
「たしかに、スマフォって言いかたはあんまり聞かないけど……うーん、どうしてだろ」
「言いにくいからだろうね」
ミュウは、あっさりと言いきった。
「わかってるんじゃない! 考えてみたら、それ、ケータイを持つ持たないの話とぜんぜん関係ないでしょ!」
「うまく話をそらしたと思ったのに……案外、きみもしつこいな。わかったよ、じゃあ、ここはひとつ、なぞなぞだ」
「なぞなぞ? それに答えたらケータイ持ってくれるの?」
わたしは、立ちどまり、思わずミュウの顔を見た。
「考えてみてもいい、ってこと」
なんだか、ビミョーな言いまわし……。
「いいわ、挑戦する。なぞなぞでもなんでも出して」
「では問題。カラスと机は、なぜ似ているのか」
「え? カラスと……机?」
特大のはてなマークを頭上に浮かべ、ぽかんと口を開くわたし。
なにそれ……とんち? しゃれ? うう……ぜんぜんわかんないよ。
眉間にぎゅっとしわを寄せ必死に考えるわたしを見て、ミュウがあきれ顔で言った。
「アリ子のくせに、まさかほんとにわからないのかい? 『不思議の国のアリス』で、帽子屋がアリスに出す有名ななぞなぞなのに」
うぐう……なによ、その言いかた。
「だってわたし、不思議の国なんて行ったことないもん」
「ま、お話の中のアリスも答えられないんだけどね。そもそも、作中には答えが出てこない」
「ええ〜? なんなの、それ。ひどくない?」
「きみなら、愉快な答えを思いついてくれるんじゃないかと思ったんだけどな」
いや、べつにわたし、一休さんじゃないから。
「答えのないなぞなぞなんて、やっぱりずるいよ」
「ずるいって言われてもね……。じゃあ、超サービス問題だ。マチュピチュって三回早口で言ってごらん。そしたら考える」
「なにそれ……。クイズでもないし、ケータイともますます関係ないよ」
「いやならいい」
「うう、マチュピチュマピチュピマピュピュ……うえーん、ミュウのバカ〜、おたんこなす〜」
「おたんこなすでもアンポンタンでもいいさ。とにかく、ぼくとしては最大限の譲歩をしたんだ。この話は、もうこれで終わりということにしてもらいたいね」
まだその場でぐずぐずしているわたしにかまうことなく、ミュウの足が動きだす。
「なんで……?」わたしは、半分涙目のまま、ミュウの背中にたずねた。
「そんなに、ケータイを持つのってイヤ?」
軽く首を振って、ミュウは肩をすくめた。
「そうだよ。ぼくはね、あんな手のひらにおさまるおもちゃみたいな機械に、自分を束縛されるのはごめんなんだ」
「じゃあ、両手でかかえるくらい大きかったらいいの?」
わたしが口答えのように言いかえすと、ミュウは、明らかにむっとした顔になった。
「そういうこと言ってるんじゃない。そもそもきみは、あんな機械がないと、ぼくとのつながりを確かめられないっていうのかい」
わたしは、一瞬押し黙り、ゆっくり息を吐いてから「そうだよ」と答えた。