右往左往する調停員
平成19年(2007)6月21日。
調停の当日。30分は待たされただろうか。指定された部屋に入ると、調停員の一人は顔見知りの中村弁護士、その横に女性の調停員。なんとなく、いやな予感がしたが案外と落ち着いていた。
「内容を見ますと、村長は章設計に設計の依頼をした。しかし、契約はされていないということになりますね」
事実確認に入るなり、いきなりの直球。契約書がないものは調停不成立になると、冒頭から言われているようなものだ。訴訟内容は、
「園原資料館建設計画書作成費用350万円の請求」
契約書は存在しないが、オカダ村長から直接依頼され実行し提出している。中村弁護士の見解は
「契約書がないのを理由とし、支払わないのではないか」
私の言い分は
「口頭契約でも成果品を受け取っている。支払うのは当然だ」
すれ違う。
「相手は村です。行政では契約が交わされなければ契約と見なさないですよ」
この発言には驚いた。契約書があれば争うこともないし訴訟も起きていない。
「契約が成されてないから訴えているのです」
少し間の悪い空気に取り繕うような声で、しかし、しつこく言葉が続く。
「行政は契約書がなくて業務を発注することはできないと思います」
少しうんざりした。契約書云々でやり取りすると思わなかったし、まさか、調停の場で常識論を展開されるとは思わなかった。たまりかねて女性調停員が促した。
「今回の請求はされており、その支払いが村ではできないとのことでしょうか?」
そう、これでよい。だが、代わりに中村弁護士が怪訝な顔になった。
「はい、請求しております。それに、契約書の有無は村から何も言われていません。資料館の設計図書はすでに村長自らが受け取っていますので」
「それでは、村はどうして支払わないのですか?」
「さあ、それは」
またここで中村弁護士が口を開く。
「契約書がないと村は支払えないのですよ。阿智村は顧問弁護士さんが見えています。これから話を聞きますが、契約書がないと難しいと思います」
「支払いますって、そう答えると思いますよ」
突き放すように言った。私が開き直ったと思ったのか、中村弁護士が答える。
「わかりました。それではこれから相手側の話を聞きます。先ほどの部屋でお待ちください」
強い口調であった。怪訝な顔つきはそのままだ。5分も経っていない、誰かがドアを開けた。
「熊谷さん、先ほどの部屋にどうぞ」
「え! 私? こんなに早く?」