雨夜の品定め
光源氏十七歳のころのこと、五月雨の夜、頭中将が宮中の光源氏の私室である淑景舎にやってきて、女性談義を始めた。やがて、左馬頭と藤式部丞がこれに加わった。いわゆる「雨夜の品定め」である。
頭中将は、女性の家柄を上、中、下に分けて、
「高い身分の家に生まれると、人から大事にされて、欠点が隠れてしまうことも多く、おのずと素晴らしい女に見えるでしょう。中流の身分の女は、その人の性格や個性が見えて、他の人との違いもわかるというものです。それより下の身分の女には、関心がありません」
などと言うので、光源氏は、もっと聞きたくなって、
「その三つの身分は、どのように区分するのでしょう。元の身分は高いけれども、今では落ちぶれて、官位も低いということがあるでしょう。逆に、さほどの身分でもないのに出世して、上達部などになり、得意そうに邸の中を飾り立てたり、誰にも引けを取らないと思ったりしていることもあるでしょう。それをどう区別するのですか」
と尋ねた。頭中将は、得意になって、さらに弁舌をふるう。
「高い身分に成り上がったといっても、もともとそのような身分ではなかったのですから、世間の人々も、そのようにしか見ないでしょう。また、もとは尊い家柄だったけれども、世渡りがうまくいかず、世間の声望も衰えてくると、気位が高いばかりで、見苦しいことも起きてきます。これらは、どちらも中の品と判断するべきでしょう。
受領階級は中の品ですが、その中にもさらにいくつかの段階があって、その中から相当な人を見つけることができそうです。非参議の四位の人々で、世間の評判ももともとの家柄も悪くなくて、裕福な暮らしをしているのは、生半可な上達部よりも感じがいいものです。そういう人の娘で、大事に育てられて、素晴らしい女性になっている人がたくさんいるでしょう。そういう人が宮仕えに出て、思いがけない幸運に恵まれる例もたくさんあります」
これを聞いて、光源氏は、
「上中下の区分は、結局のところ、財力で決まるのですね」
と言って笑う。男たちの女性談義はまだまだ続くが、総じて言えば、自分たちがこれまでかかわりのあった女性たちにはそれぞれ一長一短があり、理想的な女性にめぐり会うことは至難だということのようである。
光源氏は、男たちの議論を聞きながら、ほとんど口をはさまず、憧れの藤壺のことを思い続けていた。それにしても、家柄を上中下に分けてみたところで、結局のところ、上中下の区分は財力によって決まってしまうし、まして、世間に対して身分を偽ったりするようなことがあると、上中下の区分は、何の意味もないことになる。
作者である紫式部は、このように、建て前と実際とがかけ離れている実情の愚かしさを冷笑しながら、この後も、『源氏物語』を書き綴ってゆく。
(1)すべてにぎははしきによるべきななり