ところで医師が死体を検案して異状があると認めたときは24時間以内に所轄警察署に届け出なければならないことは医師法第21条が定めるところであり、更に変死者又は変死の疑いのある死体があるときは警察署長はすみやかに警察本部長にその旨報告すると共に、その死体所在地を管轄する地方検察庁又は区検察庁の検察官に死体発見の日時、場所、状況等所定事項を通知し(国家公安委員会規則第3号検視規則3条)右通知をうけた検察官が検視をする(刑事訴訟法229条1項)のであるから、かかる法制上のたてまえから考えると、右医師法にいう死体の異状とは単に死因についての病理学的な異状をいうのではなく死体に関する法医学的な異状と解すべきであり、したがって、死体自体から認識できる何らかの異状な症状乃至痕跡が存する場合だけでなく、死体が発見されるに至ったいきさつ、死体発見場所、状況、身許、性別等諸般の事情を考慮して死体に関し異常を認めた場合を含むものといわねばならない。

何故なら、医師法が医師に対し、前記のごとき所轄警察署への届出義務を課したのは、当該死体が純然たる病死(自然死)であり、且つ死亡にいたる経過についても何ら異状が認められない場合は別として、死体の発見(存在)はおうおうにして犯罪と結びつく場合があるところから、前記のごとき意味で何らかの異状が認められる場合には、罪の捜査を担当する所轄警察署に届出させ、捜査官をして死体検視の要否を決定させるためのものであるといわねばならないからである。

そして、この事は当該医師が病院を経営管理し、自ら診療中である患者の死体を検案した場合であっても同様であり、特に右患者が少なくとも24時間をこえて医師の管理を離脱して死亡した場合には、もはや診療中の患者とはいい難く、したがってかかる場合には、当該医師において安易に死亡診断書を作成することが禁じられている(医師法20条参照)のであるから、死体の検案についても特段の留意を必要とするといわねばならない。

ところで、前掲各関係証拠によれば、A女は被告人の経営管理していた〇〇病院の入院患者で、被告人自ら診療していたものであるが、死亡前約2日間右病院を脱走して所在不明となっていたこと、生前には特段死亡する病因はなかったこと、同女が死体となって発見された場所は、前認定のとおり右病院の北方約500メートル離れた高尾山中の沢の中で附近は人家なく、人通りも殆どない高尾山の登山路にかかった丸木橋の近くであること、同女が相当老齢であることが認められ、以上のごとき事情に徴すれば被告人が検案したA女の死体に関し異状があったことは明白であるといわねばならないから、この点について被告人の主張は採用できない。

よって主文のとおり判決する。

医師法第20条について

医師法第20条は、「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは処方せんを交付し、……又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後24時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない」としている。

この但し書については、昭和二十四年通知、平成二十四年通知と、同趣旨の二つの通知が出されている。

判旨は、「医師法第20条によれば、24時間を超えて医師の管理を離脱して死亡した場合には、診療中の患者とはいい難く、当該医師による死亡診断書の作成は禁じられている」と述べている。

しかし、厚労省通知においては、医師が死亡の際に立ち会っておらず、生前の診察後二十四時間を経過した場合であっても、死亡後改めて診察を行い、生前に診療していた傷病に関連する死亡であると判定できる場合には、死亡診断書を交付することが認められている。

医師法第20条に関する本判旨には誤りがある。

本判決の適用法令に医師法第20条が挙げられていないが、医師法第20条違反が、虚偽診断書作成・同行使罪の大きな根拠とされていることを考えれば判決には重大な誤りがあるというべきであろう。