第1章 公女の西進

ウルトの空は今日も風が吹いていた。

砂漠をわたる熱い雲のはしっこが、胡楊こようの梢をゆらしている。あたしは朝から水汲み桶をかかえて走りまわっていた。

頭の中でずっと、太鼓が鳴っている。大丈夫、練習のとおりにできるわ。そうつぶやきながら、つい、腕をひらつかせては、またあわてて仕事にもどっていた。

太陽はいつものように、たらたら照っている。今日くらい、ちょっと早く夕方になればいいのに。

今夜は祭りだ。それも、とびきり特別な。だれも見たことがない大祭りになる。あたしは祭りの踊り子をしている。三つの時にはもう一人前の踊り手だったと、母さんから聞いてる。

一年に一度、村の中で踊るだけだったあたしが、ウルト城の内庭で踊ることを許された。村長むらおさでさえ入ったことのない場所で。宴が催されるのだ、公女ダリヤのために! ダリヤは運命の姫ぎみだ。

その物語は、オジイの爺さんの爺さんが子どもだったころからはじまる。

西の果てにキジルという大国がある。国というのは、ブドウみたいなものだ。天と地を造った時、神さまは水を地面の下にかくしていた。井戸を掘りあてた者が、その土地の親分になれた。

親分はちっちゃな国をひらき、となりの親分と手をつないでいった。あたしたちは井戸をはなれては生きられない。だから、うんと手をのばして物をリレーしなくちゃいけなかった。

井戸は国の種だ。リレーのために道ができた。道という軸にぶらさがったいくつもの小国はブドウの粒で、房の名前がキジル。そのキジル連合の中心になったのが、二つの有力な国だった。

呪術の青国あおしくにと、技能の月国つくしくに。キジル王にはこの二国の長が交代で就いていた。青の時代には婚姻を通じて他国との友好関係を築き、月の時代になると強力な軍隊で周辺をおびやかした。

やがて二王家のあいだで争いが起こった。数十年におよぶ戦の末、月の王家がキジルの主として残り、青の一族は滅びた。百年。大キジルは安泰だった。

それがゆらぎはじめたのが二十年前だ。国王とその家族が次々と亡くなり、又従兄弟またいとこにあたる男がその椅子を手に入れた。このあやしい王の交代が大騒動にならなかったのは、百年前のトラウマがあったからだという。

国を二分し、貴族や有力商人、まわりの国々まで巻きこんだ騒乱は、さすがに大国の軸をゆるがすほどだった。キジルというブドウはあやうく分解して腐りかけたのだ。けれども新しい王には、ずっとケチがついていた。

血筋にコンプレックスを抱いていた王は、ガタガタ言われるのにうんざりしたのだろう。そこで持ち上がったのが、青の王家を復活させようという話だった。