第1章 公女の西進
狭い穴から出ると、昼間のような明るさに目がくらんだ。
「うわあ」
あたしとチビは、三歩前とはまったく別の場所に立っていた。内城に入ったのだ。おびただしい数の松明(たいまつ)が広場の石敷に反射している。まるで、百個のお日さまが生まれてきたみたい。壁から垂れた色とりどりの布。
この青むらさきは東村の名高い工房のものだ。ここが内庭。会議や使節との謁見(えっけん)を行うための場所だ。ここでさえ、まだ内城のとばくちにすぎない。
広場の先には政務の間や大臣の部屋、さらに奥に王の館がある。
「魔法のような庭ね」
イルゴ村のあつまりを見つけた。マワーラはいち早くこちらに気づいた。
「あら、ミラン来たの。出発の時間に間に合わなかったくせに、よくあとから来れたわねえ。あんたって、ホントずうずうしい」
くやしそうにくちびるをゆがめた。
「あんたがいなくても人数的にはこまらないんだけど」
あたしはスタスタと近づくと、マワーラの顔面にまっすぐ右手をぶちこんでやった。つき出したゲンコツはきれいに丸顔の真ん中に入り、マワーラは鼻から虹のような血しぶきをあげて吹っ飛んだ。
「たしかに人数的にはこまらないわね」
みんなを見まわした。
「踊りの位置の確認はできた?」
「よかった、ミラン。あんたが来ないなんて、どうしたのかと思っていたのよ」
「あたしが踊らないわけないじゃない」
舞台は想像していたよりも、ずっとすばらしかった。内壁に沿って、ぐるりと観覧櫓(やぐら)が組まれている。その下に楽師がならび、上段の特等席では富裕商人とその家族たちがごちそうをつまんでいる。
正面には桟敷(さじき)がこしらえてあり、うしろの幕にはキジルとウルトの紋が描かれていた。夕闇が降り、桟敷(さじき)にキジルのお偉いさん、ウルトの重臣たちがあらわれ、つづいて国王夫妻が登場した。
のっぺり顔の王妃は、まるで居眠りをしているみたいだ。先の妃が子どものないままに亡くなったあと、京(けい)の国からむかえたこの妃は、王子ばかりをつづけて八人も産んだ。
最後に公女ダリヤがすがたをあらわすと、歓声が上がった。蝶のようにふわりとした衣(ころも)。金色の髪かざり。うすいベールをかぶり、顔ははっきりとは見えないけど、気品に満ちている。ウルト王妃のダサい恰好とは大ちがいだ。
今宵は空の星すらも、ただ一人の貴人のために光っている。灯りと、人々の目線と、すべての真ん中にダリヤ姫がいた。けれど、ベールの中の顔は冷たかった。墓に刺した木人形のようにそっけなく、大演舞がはじまっても、目の前のものをまるで見ていなかった。
ああ、ダリヤ! あんたはちっとも楽しくないのね。キジルのゴタゴタを終結させるために王さまのもとへ行くのだもの。一人で大国の運命を背負って、父親よりも年上のオジサンのお嫁さんにされちゃうんだもんね。