第1章 公女の西進
母さんは帯を二度引っぱると、結び目をたしかめるようにポンとたたいた。
「さあ、ウルトの城で一生分踊っておいで。そしてちゃんと帰って来なさい」
「行って来ます。糸つむぎは明日やるからね」
さあ、いよいよ出発だわ。待ち合わせの十字路までかけつけると、白樺の下に腰をおろした。なあんだ、まだだれも来ていないじゃない。汗ばんだ首すじに、水路から吹いてくる風が気持ちいい。
「あれえ、ミラン」
振り向くとオジイが立っていた。村はずれに暮らしている気のいいじいさんだ。
「お前、どうしたんだ」
「みんなを待ってるのよ、これからお城へ行くの」
「いや、もうみんな出かけちまったぞ」
「ええっ!」
あたしは飛び上がった。
「そんなわけないわ、だってまだあたしがいるじゃない、なのに、なんで行っちゃうのよ」
オジイはこまった顔でつづけた。
「さっき、行っちまったぞ。ロバ車二つに乗って行っちまった」
やられた。マワーラのしわざだ。はじめから置いてきぼりをくわせるつもりだったのね。
「オジイ、ロバを貸してよ」
「うちの年寄りロバじゃ、城までは行けねえよ」
「走ったら追いつく?」
「無理だなあ」
「でも絶対に行く。一人でも行くわ」
歩きだそうとする腕をオジイは止めた。