第1章 公女の西進

王の前へ着くと、イルゴは箱から出て、すぐさま寿ことほぎの礼を行った。王は老人を捕らえて、「お前はこの上ない無礼をはたらきながら、何を寿ことほぐというのか」と問うた。

イルゴは「わが主の名が広がってゆくことを祝っているのです」と答えた。ウルト王が「それは、なにゆえだ?」と聞くと、「水がわたれば版図はぐんと広がり、そのすみずみにまで王の名声がひびくのですから。これは近々実現いたします。祝わずにはおられましょうか?」と言ってのけた。王はイルゴの提案を受け入れた。

結果、ウルトの領域はお湯に落としたあぶらのように拡大した。ウルトは幸いだった。王がまともな男だった。アホ王だったら、枝村のジジイの話になど、聞く耳を持たなかっただろう。イルゴは袋づめにされて塔の上から投げ落とされていたはずだ。

むかしは、そんなドラマチックなまつりごと政が行われていた。王は「ウルトに水あり、イルゴあり」と讃たたえ、何度も城に呼んでは、その意見に耳をかたむけたという。いつしかあたしの村は、イルゴ村と呼ばれるようになった。

そのイルゴの子孫もとうに才能を継ぎそこね、さえないオヤジのあつまりになっている。ウルト王もパッとしない。まったく、近ごろのまつりごとはなってない。つまらない王や長ばかりになったものだわ。

まつりごと? あいかわらず、呑み屋のおっさんみたいなこと言ってるのね、ミラン」横から甲高い声がした。顔を上げると、となりの家のマワーラが立っていた。腕ぐみをして、意地の悪い笑みをうかべている。

ちょうど踊り子の娘たちが、桶を持って水場にあつまって来たところだ。マワーラは、もう祭りの衣装に着替えている。「ちょっと、何よ、それ?」マワーラの頭の上には、大きな羽かざりがのっている。「鳥におそわれてるみたいよ。群舞なんだから、一人だけ目立たないでよ」