再会の扉
それから一週間くらい経った頃、閉店の準備をしているところへ、その人が一人で入ってきた。
「まだ、大丈夫ですか」
と聞かれて時計を見ると、閉店時間の三時を少し回ったところだった。
「はい。今からですと、お食事はできませんけど、それでよろしければ」
個人商店において、こういう融通の利かせ方は何の問題もない。私しか判断する人がいないので、全ては私が決定して責任を取ればいいだけのことだ。この件に関しても、ごく普通の対応だったと思っている。
「じゃ、珈琲をアメリカンでお願いします」
私より少し年上っぽい人は、白くて綺麗な歯を見せて以前座った席に着いていた。そして注文のアメリカンを置いた私を見上げると、
「もしかして、牧森未代さん……だよね」
と自信なさそうな顔で言った。
え? と私は慌てて記憶を遡ってみたのだが、すぐには思い出せず、
「はい牧森ですけど」
としか返せなかった。背が高くて、細身のビジネススーツは濃いグレー。面長で端整な顔立ちである。眉はきりっと揃っているし、社会人としては長めの髪でも清潔感を落とさない。
赤い格子のネクタイが柄ほど派手に映らないのも、顔立ちの上品さの方が目立つからかもしれない。
「俺、高校の時、ひとつ上でバスケやってた園井佑人っていうんだけどさ……わからない……みたいだね」
「すみません……ちょっと、わからないです」
「残念。知名度低かったなあ」
「すみません」
私は申し訳なく思い、もう一度頭を下げた。
「気にしなくていいって。俺の方が勝手に覚えてただけだから」
園井と名乗った男の人の照れ笑いは自然体で、爽やかささえ含んでいた。トレイを胸に抱えた私は、カップに手をつけない園井と向き合ったまま、適切な返事が出てこなかった。
こういうとき、気の利いた返し方ができないのは学生時代からだ。相手を立てて気分良くさせる接客術は今も苦手で、当分身に付きそうにない。
それにしても、だ。こんな感じのいい人がうちの高校にいたなんて、当時は全然知らなかったなあ。私はこの人がバスケットボールを操る姿を想像しながら、高校時代の自分を思い出していた。
運動音痴で、部活は何もなし。試験の成績も普通。顔とスタイルも、まあ普通……かな。こんな目立たない子を、よく覚えていてくれたものだと感心しながら。