2 ノースクロス王国
門を抜け、石畳のアプローチを正面入り口へと進む途中には大理石で造られた巨大な噴水がある。その石畳の両脇には、季節ごとに艶やかな色合いを愛でるために花壇が添えられている。今開いている香しい花びらは紅と紫が主体で、甘い香りを嗅ぐために近寄れば花の中心に集う蜜蜂たちと挨拶を交わすこともできる。
その花壇の向こうにはドライバーでも突き抜けることのない広大な芝生が広がっているのだが、今朝のアドニアは芝生の一年を通して変わらない鮮やかな緑に目を止めることも、軽やかに重なり合う蜜蜂の羽音を耳に入れることもしなかった。せかせかと噴水を迂回して正面入り口を目指すことだけに集中し、到着すると大きく吸い込んだ息を一気に吐き出した。
アドニアは石段の左右に陣取る衛兵に、びしっと敬礼を交わしてから十二段ある石段を上り、風のよく通るエントランスを過ぎて扉の前に立つと、コツ、コツと巨大な鉄製の呼び鈴を叩いた。
ほどなく背が高い木製扉の片方が動き、その隙間から案内係の女性の干からびた顔が現れた。
「おはようアドニア。国王陛下がお待ちよ」
「おはようございます……」
やはり間違ってはいない。バーニエール同様に、この見るからに老練な淑女がジョークを言うところなど、少なくともここ六十年はこの国の誰も聞いたことがないはずだ。更に人が通れるだけ扉が動くと、彼女は細長い銀縁の眼鏡を陽にきらっと光らせ、間の抜けた顔の訪問客を招き入れて先に歩き出した。
アドニアはその痩せて小柄な背中に続きながら、後でケニムに朗らかに説明する自分の姿を思い浮かべていた。試験のことじゃなかったわ。心配したけど、ぜーんぜん大した用事じゃなくってね……。だが廊下を進むにつれて不謹慎な想像は離れていき、ひと際重厚な扉の前で立ち止まった時には完全に消えてなくなっていた。
案内係の老婆がノックした部屋は、国王の執務室だった。入りなさい、という厳しい声で彼女が開けた扉を通過する時、木材の表面に何度も塗り重ねられた防腐剤と歴史の匂いがした。
この部屋に入るのは初めてだ。入室を許されるのはごく限られた地位の人だけなので、アドニアは場違い感を押しやりながら足を踏み入れねばならなかった。