部屋の中にいるのは四人。トラザドス国王と筆頭執事のバーニエール。他には、頑丈なコルセットで太い胴体を固定されてストレッチャーに横たわるストレクスと、その背後で静かに控える看護師のレムニーだった。

「どうしたのストレクス! すごく痛そうじゃない。いつ? いつそんな怪我したの? もしかしてお腹で足元が見えないから崖に気づかなくて」

えん、とバーニエールの短い咳払いが、早口で慌てるアドニアを遮った。 

「ご苦労アドニア。朝早くからすまなかった。調子はいかがかな」

窓を背に座っているノースクロス王国第二十四代国王のトラザドスは、両ひじを椅子のひじ掛けから幅の広い執務机の上に移してアドニアに微笑みかけた。

「失礼いたしました。国王陛下。いつもどおり調子は上々です」

いつもと変わらない軽率な振舞いを後悔しながら言い終えたアドニアは、背後で扉が閉まり、案内係が役目を終えて出て行く気配を感じた。

「それはよかった。いつも元気な君に会えるのは喜ばしいことだ」

トラザドス国王は片手を動かし、アドニアを執務机の前に用意されたひじ掛け椅子に座るよう促した。

「今朝君を呼んだのは」

机上で指を組み合わせたトラザドスは、アドニアが恐る恐る着座する前に本題を切り出した。

「モリーネの件なのだ」

トラザドスの柔和な瞳が、小さな丸い銀縁眼鏡の奥で厳しく変化した。アドニアがモリーネとは誰のことですかと口を開きかけた瞬間に、「モリーネはそこのストレクスの担当でして」と、机の横で立っているバーニエールが有無を言わさぬ鋭さで補足を続けた。

「六歳の女の子です。毎年必ず十一月二十五日には手紙が届いていたのに、今年はまだなのです。……この意味がわかりますか?」

「おそらく彼女は早熟で、六歳にしてすでに我々の存在を無きものととらえ、現実路線に舵を切ってご両親にプレゼントをねだるようになったかと……」

「誰にもその時期は訪れますが、モリーネに関しては審査委員会が一次調査を行った結果、まだあてはまらないという判断が下されました」

「では、彼女なりに没頭する何かと葛藤しているのか……あ、そうか。今、手紙が運ばれてくる最中なのかもしれませんね」

アドニアは無邪気にふふっと笑みを浮かべていた。

「あなたが適性試験に受からない理由が、ひしひしと伝わってきますね」

「これは適性試験に関係あるのですか?」

アドニアは一転強張った顔でバーニエールの言葉を受け止めた。

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