ある晩、俊次さんが桜の大枝をゆさゆさと担いできた。それは部屋を斜めに占領して、そこいら中に花びらを散らした。
「おじさん、花見だ、ぱっといこう」
俊次さんは一升瓶をぐいと突き出した。
「おまえ、またおばあさんに叱られるぞ」
「いいんだ、あんなばあさんなんか!」
桜の大枝を前にして酒が入ると、父もそう渋い顔のままでいるわけにもいかなかった。俊次さんは、母にも「おばさん、ひとつ」と言いながら巧みに酒を勧めた。
私は何となく嬉しくなって、花びらをちぎっては投げ、ちぎっては投げした。大人たちも投げ返してきた。部屋中に花吹雪が舞った。父や母がこんなふうに戯れる姿はこれまで見たことがなかった。
思えば私にとっては初めてのお花見だったのだ。