雇用関係
「契約?」
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「ああ、雇用契約だ。社員としての」
「社員?」
「そうさ。愛澤企画の社員だ。その方がお前さんも身分保障されて好都合だろう。こちらとしても契約関係の下、きちんとした形で要求できるし税務上も必要だ。なにせ毎年とんでもない額を収めているから」
「……分かった」
「次に条件だが」
と言って川島は珈琲に口をつけた。
「ずばりいくら欲しい?」
川島の露骨なもの言いにはらわたが煮えくり返る思いがした。だが、今は自分の無力さを呪うだけだ。こうなれば開き直ってそれなりの要求をするしかない。
「月に五十万は欲しい」
思い切って要求してみた。それを聞いたとたん、川島はにやりとした。やはり高過ぎたか。でも家族を守るためにはぎりぎりの金額だ。
「なるほど、それが自分につけた値段か」
思わず拳を握りしめた。でも我慢するしかない。これは譲れない金額だ、と言いかけたとき、
「純文学の旗手を目指している芹生センセイがずいぶんとお手ごろな値段をつけたものだ」
そう言って川島は我慢しきれないように声を出して笑った。
「よし分かった。その倍、月に百万だそう。それでどうだ?」
百万! 耳を疑った。そしてその額を聞いたとたん、パブロフの犬の如く条件反射でつばを呑み込む自分が情けなかったが、その給料なら当面の生活や雫の学費もまったく心配ない。とはいえ、これから金のために川島の飼い犬になるのか。
「どうだい?」
川島は返答を促した。
「そうしてもらえると……ありがたい」
安堵と屈辱が絡み合った心根で、うつむいたまま返事をした。
「よし。決まりだ」
川島はスマホで、すぐに来てくれ、と誰かを呼び出した。しばらくすると、うだつのあがらないいかにもオタク風の、一見すると四十代と思しき男が現れた。いや、実際にはもっとずっと若いのかもしれない。
「紹介する。うちのオフィスの久連山だ。主にネタ集めと総務を担当している」
「ネタ集め?」
「ああ、ネタ集めだ。あらゆる媒体から新作のモチーフになりそうなネタを集めている」
「久連山です。よろしく」