春:4 榊(さかき)も樒(しきみ)も花をつける頃
梅が終わり、桜が待たれるこの季節。様々な木々が一斉に花をつけます。
山茱萸(サンシュユ)や金縷梅(マンサク)、沈丁花……、そして、榊も樒も。
現代の私たちも神棚には榊、仏壇には樒と区別してお供えしますが、源氏物語の時代にも、同じように区別されていたことが、物語の記述からわかります。
榊が出て来る場面はいくつかあるのですが、ひとつは光源氏が御願果たしの住吉詣でをした折の場面。人々が榊葉を手に、夜を徹して神楽を踊り狂っています。
ほのぼのと明けゆくに、霜はいよいよ深くて、本末もたどたどしきまで、酔ひ過ぎにたる神楽おもてどもの、おのが顔をば知らで、おもしろきことに心はしみて、庭熾も影しめりたるに、なほ「万歳、万歳」と、榊葉を取り返しつつ祝ひきこゆる御世の末、思ひやるぞいとどしきや。(若菜下の巻)
他に、榊が多く登場しているのは、言わずと知れた「賢木」の巻です。源氏が嵯峨野野々宮に六条御息所を訪ねる場面では二人の間で榊を詠み込んだ歌の贈答があります。
そしてさらに、伊勢に旅立つ御息所が、自分の邸の前を通り過ぎる時、源氏の君は榊に付けた歌を届けさせています。
二条の院の前なれば、大将の君(源氏)いとあはれにおぼされて、榊にさして
ふりすてて今日は行くとも鈴鹿川
八十瀬の波に袖はぬれじや
と聞こえたまへれど、いと暗うものさわがしきほどなれば、またの日、関のあなたよりぞ御返りある。(賢木の巻)
一方の樒はどうでしょう。こちらは二回しか出てきません。一回は出家した朧月夜の君が、源氏の歌への返事として届けた歌。これが樒の枝に付けられていました。
濃き青鈍(あおにび)の紙にて、樒にさしたまへる、例のことなれど、いたく過ぐしたる筆づかひ、なほ古(ふ)りがたくをかしげなり。(若菜下の巻)
もう一回は、宇治十帖「総角」の巻に、仏間にお香や樒が匂っているという記述があります。樒は独特の香りがあるので、当時は仏前に供える水に散らして用いたようです。一夜を共にするべく大君の元に忍んだ薫でしたが、仏間に満ちた匂いにその気が失せてしまったのでした。
名香のいと香ばしく匂ひて、樒のいとはなやかに薫れるけはひも、人よりはけに仏をも思ひきこえたまへる御心にて、わづらはしく、墨染の今さらに、をりふし心焦られしたるやうに、あはあはしく、(略)などせめてのどかに思ひなしたまふ。(総角の巻)