前書き:現在物語としての源氏物語
若いころ、源氏物語の世界は遠いところにありました。
登場人物は自分とは縁のない、いかにも古めかしい世界の他人でした。高校三年生の時、古典の教科書に出ていた原文も、受験勉強のよすがに買った与謝野晶子訳の源氏物語も、大学での若菜上の巻の講読も、全然面白くない。しかもよくわからない。退屈した──。
大学を出て、たまたま教師というものになり、高校で国語を教えることになりました。教師という仕事が嫌になって四年で辞め、それなのになぜかまた三〇歳で教師になりました。源氏物語も教えなければなりません。仕方なく、もう一度読むことにしました。
思いがけない事が起きました。何とも面白いのです。
源氏物語はそれを読む年代によって、見えてくるものが変わります。人間関係に悩み、老いに直面し、悔いに苛まれて生きる物語の中の人々の姿の内に、中年になったこの私にじかに語りかけて来るものがあったのです。