10. 国宝源氏物語絵巻の桜
十二世紀、院政時代のものとされる国宝源氏物語絵巻は、当初、百場面くらいの絵があったということですが、今残っているのは十九場面ほどです。
その中にひとつだけ、桜が描かれているものがあります。里桜というのでしょうか。褪色していて、色はよくわかりませんが、花びらは少し離れて五枚ずつ描かれています。
いわゆる典型的な桜の花の姿をしています。
絵の真ん中に、満開の桜の木。その手前に、垣間見する男、夕霧の息子蔵人の少将が描かれています。そして桜の木のむこうに、二人の娘が碁盤を囲む姿。玉鬘の娘の大君と中君です。二人は庭の桜がどちらの所有であるかを、碁の勝負で決めようとしているのです。
夕暮れになって、室内は暗いので、外に近い所に碁盤を運び、御簾も巻き上げてありましたから、覗かれれば丸見えです。
昔よりあらそひたまふ桜を賭物にて、「三番に数ひとつ勝ちたまはむかたに、花を寄せてむ」とたはぶれかはし聞こえたまふ。暗うなれば、端近うて打ち果てたまふ。御簾巻き上げて、人々皆いどみ念じきこゆ。をりしも例の少将、侍従の君の御曹司に来たりけるを、うち連れて出でたまひにければ、おほかた人少ななるに、廊の戸のあきたるに、やをら寄りてのぞきけり。(略)若き人々のうちとけたる姿ども、夕ばえをかしう見ゆ。
(竹河の巻)
三番勝負で結局、中君(妹)の方が勝ちます。絵巻には、碁盤を囲む姉妹の他に、それを見守りながらくつろいでいる侍女たちの華やかな姿が描かれています。何とものどかな場面です。