ただ身体には縄で拘束したような赤痣(あかあざ)が見えた。二つの乳房にも数本の痣が残っていた。満月の黄金色の光が巫女の上半身を包んだ。赤痣の痕(あと)からは、わずかな黒い煙が立ち昇っては消えていく。
おそらく穢れが浄化されていった。長い年月をかけて少しずつ痣も薄れていくのだろう。今は、廃神社同様になっている神社であるが、それなりに繁盛している。表の神社では叶えてくれない願いを、聞き入れてくれる神社の巫女としてその役割をになっているのが闇の巫女だ。
闇の巫女になって、もうどれほどの年月が過ぎたのだろう。それも忘れていた。
人の世では、鎌倉時代と呼ばれている。ある時、一人の中年男が毎晩神社に参拝に来ていた。『この男何をお願いに来ている? 死人でもなく……何か強大な力に守られている気がする? 何者?』
「そこの人? 何をお願いに来ている?」
男は呼ばれた方向に向き直すと、平身低頭で、
「私の娘を助けて欲しい……代償として命をささげてもいい」
一方闇の巫女は、思わぬ返答に驚きながらも、
「助ける内容にもよります……」
「魔界のものに憑りつかれたようだ……私は娘を救わなければならない」
「あなたは、強大な力に守られている……その力が強大であればこそ逆に、身内を不幸にすることもある。心当たりがあるのではないか?……」
「私の娘、桔梗(ききょう)は、私が所用で京都に行っている間に魔界のものに襲われ命を奪われた。その時を境に、私は生きる屍(しかばね)となった」
と悔しさを顔に滲ませていた。
※本記事は、2020年12月刊行の書籍『眷属の姫』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
人物紹介
・天狐 陽姫(ようひめ) 狐眷属界最高位天狐族の姫。
・天狐 月姫(つきひめ) 狐眷属界最高位天狐族・陽姫の双子の妹。一時(いっとき)、策略で魔界の妖狐一族にいた。その時に得た力と天性の天狐族の力を合わせ持つ。別名・夜神様。
・陽炎の姫(かげろうのひめ) 狐眷属界陽炎族に所属する。伏見稲荷の主様直属の特殊部隊に所属する。守りのエキスパート。心部に入り込んだ穢れを自ら心部に入り浄化することができる。元は人だった。
・魔境乃の姫(まきょうのひめ) 現世と魔界との魔境門を管理する門番。立場は中立であるが、その姫の力量により左右される。全国には、十数名の魔境乃姫がいる。
・樹海の姫(じゅかいのひめ) 霊峰富士の裾野に広がる樹海にある魔境門の門番。魔境乃姫の中でも特異の力を持っている。月姫とは深い関わりがある。
・龍神稲荷神社(りゅうじんいなりじんじゃ) 平安時代創建の神社。巫女・雪が贄となった、龍神湖の湖畔の高台にあり、遥か霊峰富士を望む場所に鎮座している。
・巫女・依姫(よりひめ)伝説の巫女・雪の生まれ変わりと言われる現代の最強の巫女。
・巫女・依生(いな) 依姫の娘。未来を予知することができる。
・巫女・天月(あづき)依生の娘。祖母が依姫。最強の力と人柄からか、眷属の垣根を超え、さまざまな眷属から厚い信頼がある。天月にひとたび危機が訪れると、この世界のすべての眷属が集結するとされる。
・葉月(はづき)天月の娘。父親は反転世界の住人。力は未知数。