魔境乃姫
「え? お前が、娘の桔梗?……」男も驚いて闇の巫女の顔を見た。
「残念ながら、私の記憶は遠い昔に亡くしてしまった。父の記憶も……」
「そうか……それは悲しい話だ。私も、桔梗と言う名と生前の面影だけが、今も記憶のかけらとして残っているだけだ……」
「私が、あなたの娘さんならばよかったが……あなたのその強大な力は何もしてくれないのか?」
「私は、やがてその力に取り込まれることになるはずです。それまでに、娘を探しあてないと……」
「そうであれば次の満月の夜に、ここに来なさい」と男に告げると闇の巫女はその姿を闇に消した。
男はその言葉の意味を本当に理解したのだろうか? 次の日も次の日も同じ時刻に神社に通い続けた。まるで屍を背負っているかのように、背中は丸くなり腰も曲がっていた。僅わずか数日で急速にその容姿を醜く変えていた。
満月の当日、闇の巫女はその日の午後杜に花を摘みに出かけた。夕刻、神社の境内には、両手一杯に青紫の星型の花を大事そうに持つ闇の巫女の姿があった。時折風に吹かれ香りを放っていた。
いつものように男が神社にやって来た。男は拝殿に飾られた、青紫の花に目を奪われていた。その花は、正まさしく『桔梗』そのものだった。そして、巫女がいつもは顔を覆っている狐の半面を取ると、巫女装束を纏った十代の娘がそこに立っていた。
それは正まさしく男が探し求める娘、桔梗本人であった。先程まで、歩くのが精一杯といった足取りの男であったが、娘の姿を目にとめると、小走りに駆け寄った。