「桔梗。おまえは私の娘の桔梗だな……」
「はい」と言い娘も男に近寄った。
男の目からは、とめどなく涙がこぼれ落ちていた。娘との再会に喜ぶ男は、腕を娘の肩に回して強く抱きしめた。
その力は、最初はやさしく、次第に強く、さらに強い力で抱きしめた。たまらず、「苦しい……」と闇の巫女が男の手を離そうと抵抗を始めたが、男は異常なほど力を強めてきた。
体が軋む音がする。その時、闇の巫女の全身から黄金色の光が放たれ始めた。男はようやく力を緩めた。
「力ある者よ、この男の魂を解放しろ。そして、二度とこの地を訪れないことを約束しなさい。この男の娘を想う気持ちに免じて……」天空の満月の力と相まって、闇の巫女の輝きは最大限に達した。
「この男の魂をどうするつもりだ?」と力ある者は、悶え苦しみながら吐き捨てた。
「この男が魔界に取り込まれるのであれば、娘としてどんなことをしてでもその魂を助けねばならない」と言い放った。闇の巫女は、祝詞を唱えその全身を黄金色に輝かせ、力ある者と対峙しようとしていた。その姿は神に等しい存在にも見えた。
「苦しい……。分かった、この魂を解放する。この俺の魂も解放してくれないか?」
「まずは、男の魂を……そして、力ある者。あなたの魂は私と共にここに残れ。本来の役目を共に果たすのだ」
いつの間にか闇の巫女の足元には白い子狐が座っていた。闇の巫女は白い子狐を胸に抱き上げると、男の魂を天界に解き放った。
巫女はいつになくすがすがしい顔で、満月を見ていた。白い子狐も巫女に抱かれ天空を見上げていた。
「雪のように白い子。だからあなたの名前を、雪と呼ぶね」
※本記事は、2020年12月刊行の書籍『眷属の姫』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。
人物紹介
・天狐 陽姫(ようひめ) 狐眷属界最高位天狐族の姫。
・天狐 月姫(つきひめ) 狐眷属界最高位天狐族・陽姫の双子の妹。一時(いっとき)、策略で魔界の妖狐一族にいた。その時に得た力と天性の天狐族の力を合わせ持つ。別名・夜神様。
・陽炎の姫(かげろうのひめ) 狐眷属界陽炎族に所属する。伏見稲荷の主様直属の特殊部隊に所属する。守りのエキスパート。心部に入り込んだ穢れを自ら心部に入り浄化することができる。元は人だった。
・魔境乃の姫(まきょうのひめ) 現世と魔界との魔境門を管理する門番。立場は中立であるが、その姫の力量により左右される。全国には、十数名の魔境乃姫がいる。
・樹海の姫(じゅかいのひめ) 霊峰富士の裾野に広がる樹海にある魔境門の門番。魔境乃姫の中でも特異の力を持っている。月姫とは深い関わりがある。
・龍神稲荷神社(りゅうじんいなりじんじゃ) 平安時代創建の神社。巫女・雪が贄となった、龍神湖の湖畔の高台にあり、遥か霊峰富士を望む場所に鎮座している。
・巫女・依姫(よりひめ)伝説の巫女・雪の生まれ変わりと言われる現代の最強の巫女。
・巫女・依生(いな) 依姫の娘。未来を予知することができる。
・巫女・天月(あづき)依生の娘。祖母が依姫。最強の力と人柄からか、眷属の垣根を超え、さまざまな眷属から厚い信頼がある。天月にひとたび危機が訪れると、この世界のすべての眷属が集結するとされる。
・葉月(はづき)天月の娘。父親は反転世界の住人。力は未知数。