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月夜野姫
「キキョウさん、あなたには私と同じ匂いがする」
と月夜野姫が鼻を近づけて少しおどけた様子で近づいて来た。
「どんな匂いですか?」
と慌てて身体を遠ざけた闇の巫女。
「気を悪くしないで。魔界の妖族とは違う私の匂いに近いもの。そして陽炎族の匂い。心当たりがある?」
「はい。これを見てください」
とキキョウは、纏っている巫女装束を脱ぎだした。一糸まとわぬ身体が、蠟燭の火によって体の濃淡を極限までに浮かび上がらせた。
身体の三分の一以上を覆う赤黒い縄目の痣、魔界の証だ。乳房の谷間には、赤い炎の印。腹部から下腹部に掛けての滑らかな曲線の先には少し濃い陰毛が生えている。
しばらくすると体の深部から表面の薄い皮膚を内側から黄金色の光が発光を始め、全身を黄金色に染めた。
「これが、あなたのすべてね……痛々しいほど美しい。その痣何とか消してあげたいけど……天狐族の姫様と魔界との調和をもたらすと言われる伝説の巫女ならば、なんとかなるかも知れないけど……」
キキョウは、涙ぐんでいた。言葉にならない声が嗚お咽えつに変わっていた。
「キキョウ、私の体にも消しても消せない魔界の呪縛が憑りついている。だから、直接救うことはできない。だが、抱きしめてあげることはできる」
と言うと自らも一糸まとわぬ体になり、キキョウの体を抱き寄せた。
「この白狐の体には、多くのものを返り討ちにした時に浴びた呪われた血がしみ込んでいる。消しても消えない血。だから、私は一族の再興と人々のために尽くす道を選んだ……。今宵は、私の胸の中で眠るといい」
と言い、蠟燭を吹き消した。二人は床に横になった。月夜野姫は、片腕でキキョウの頭を抱えると二つの乳房の谷間にキキョウの顔を導いた。もう一方の手でキキョウが脱いだ巫女装束をキキョウの肩から背中に掛けた。
間もなく吐息と共にキキョウは、心地よい眠りに就いた。月夜野姫もまた、自らの深部から発光する光が、キキョウの発する光と同調していることに気付いた。『この子は……もしかして』結局、二週間近く月夜野姫は、神社に滞在することになった。
あの夜から、急に子供返りをしてしまったのか、毎晩、キキョウは、月夜野姫の胸で眠った。別れの朝、
「キキョウ。一族を再興した時には必ず報告に来るからね。必ず、呪縛を解く方法を見つけてみせるから……」
「ありがとうございます。月夜野姫様」
二人はこうして別れた。いつか再び会う約束をして。