少年は、杜から境内に入ると私の定位置の鳥居の上を向いて話し掛けてきた。

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「キキョウさん。僕と話しませんか? そこから降りてきてください」

闇の巫女は戸惑った、自分と変わらない年頃の少年に声を掛けられたからだ。

「私が視えるの? あなた何者?」

「僕は、キキョウさんの弟です」

「弟? 私は人としての記憶がありません」

「知っています。姉さんが狐族に騙されてここの闇の巫女をしていることを。僕と共に帰りましょう」

「騙されている?」

「そうです。ずっと……だって」

と言いながら少年は、着ていた着物の上半身を脱いだ。少年の上半身には、キキョウと同じように赤黒く欝積うっせきした縄模様の痣が幾重にも刻まれていた。

闇の巫女は鳥居から降りると、少年の上半身に目が釘付けになった。

「姉さんと同じ痣です。分かっていただけますか? 僕も同じですよ。だから助けたくて来たのです」

「それで、どうすればよいの?」

「ここにいては、利用されて生きていくだけです。僕と逃げましょう」

「それはできないの。私の身体は結界から出られない。幾度か試したことがあるけど……」

「姉さん大丈夫ですよ。方法がありますから……」

と少年は笑顔を見せた。その時、強く胸が締め付けられ立っているのもやっとの状況だった。胸の谷間から着物を通して燃えるような赤色の光が発光を始めたのが、ほぼ同時だった。

少年が隠し持っていた短刀で突如襲いかかって来た。

「姉さん。これで魔界に行けるよ……」

その時、時が止まった。確かに止まった。

巫女の全身が、炎が燃え盛るように赤く燃えた。少年は、その炎を受けて全身を焼失させていった。短剣だけが焼け残っていたが他は、何一つ残っていなかった。骨も着物の焼け残りも無く消え去っていた。

遥か前方の杜の外で赤く燃える人影と男の絶叫が聞こえた。しばらく燃えていたが、やがて青白い炎だけが崩れ落ちた人影をしばらく覆い、やがて闇の中にその光も消えた。

巫女は、しばらく立ちつくしていた、胸の炎の印もいつの間にか消えていた。短剣を拾い上げて柄の部分を見ると、この魔境神社の守り刀だった。

『……刀を持っていたということは、もしかして弟……』

しかし、すぐにその考えを捨てた。自分が生かされた意味を今一度問い直していた。『私は私に与えられた使命を全うするだけ』と頬に流れた涙の痕を袖で拭いた。