そのカヘーってのは食べられるのか?
「貨幣とは、物の価値を肩代わりしてくれるものです。例えば食べ物について考えてください。貯めておくと時間が経てば腐ってしまう。運ぶのも保管しておくのも大変。ところが貨幣なら問題は解決します。時間が経っても腐らないし、持ち歩くのも楽です」
ユヒトの通訳は長くかかった。
「物の価値を肩代わり」にてこずっていた。集まった人々は、分かったような分からないような顔をしている。誰かが質問をした。ユヒトは林に訳して伝えた。
「『そのカヘーってのは食べられるのか?』だって」
林は面喰った。これでは先が思いやられる。脇から岩崎が顔を出した。
「人類が何百年もかかって編み出したものを、俺ら学生風情が半日説明したくらいで伝わりっこないよ。ここは各集落にお願いして、一集落から一人代表者を選んでもらい、定期的に笹見平にきて貨幣製造の手伝いをしながら、役割を学んでもらうようにしよう。ユヒト、そんな風に伝えてくれるかい」
「いいとも」
ユヒトは改めてしゃべり始めた。すぐさま不満の色が拡がった。誰かが言ったのをユヒトが通訳した。
「狩りや木の実拾いをするので忙しいそうだ」
「それこそまさに貨幣の良さを伝えられるところだ」
岩崎の目が光った。
「ユヒト、俺の言うことをそのまま通訳して伝えてくれ――ええ、大丈夫です。お時間はとらせません。ちなみに、もし貨幣があれば、時間をもっと有効に使えるようになります。たとえば、貨幣を持っている人は、食べ物を集めるのが得意な人から貨幣で買えばいい。つまり、その人はいままで食べ物を集めていた時間を、自分の自由に使うことができるんです。すごいでしょ?」
ユヒトが四苦八苦して伝えていく。誰かが尋ねた。ユヒトが訳す。
「『俺は罠で狩りをしていて食べ物を集めるのが得意だが、カヘーなんか持ってきても交換しないぞ』と言っているよ」
「たとえだと言っているのに」
岩崎は唇をかんだ。
「じゃあ、貨幣を持っていたら笹見平で何と交換できるかを伝えてくれ。そっちの方が興味を引くだろうから」
「何と交換するの?」
「今俺たちの足の下にあるものだよ」
岩崎は敷き詰められた舗装を指差した。
「ユヒトはこれが何か、気付いているんだろう?」
ユヒトはハッとして足下に目をやり
「もしかしたら――とは思っていたんだ。これは様々な形に変化して、時に武器になり、時に生活の道具になり、時に火種になる黒い塊……」
「そう。俺たちの世界ではこれをアスファルトと呼ぶ」