なぜ、認知症なんかになるんだ――。 物を失くす、使えなくなる、物忘れが増える……。 刻々と変わりゆく妻の様⼦に⼾惑う⽇々。 初めての介護に苦戦しつつも、⾃分なりの⼯夫をして乗り越えてきた。 葛藤と妻への感謝をありのままに綴ったエッセイを連載でお届けします。
自宅介護の知恵と工夫
真面目に本当のことを言うと反抗する…寄り添う言い方を工夫
「犬、どこ行った」は、拾ってきた雑種犬のことだ。クロと名付けて長年飼っていた。胃に虫がわいて亡くなった。妻と一緒に近くの墓地に埋葬した。妻は、動物嫌いだったが、クロだけは、なぜか可愛がっていた。散歩や、世話は私がしていたが、エサはいつも妻が与えていた。
犬も妻が行くとエサをもらえるので甘え声で鳴き、尻尾を振ってとてもなついていた。
その犬の印象が強かったと思う。
「犬は、数十年前、死んだ。お前と一緒に近くのお墓に埋葬しに行ったやろ」
と本当のことを言うと、
「そんなこと知らない。さっきまで、裏で尻尾ふってた。まだ、生きてるわ」
と言い返してきた。
その後は、
「どこ行ったのかなぁ? さっきまで、いてたのに? お父さん、裏へ行って見てくるわ。もう、遅いから先に寝といて」
と言って、裏に行くそぶりをしてトイレに行った。
「ここは、私の家と違う。実家に帰ります」の意味は、40年以上、住み慣れた今の自宅より、24歳まで実母と一緒に暮らした実家の方が印象が強いようだった。
「何言うてるの。この家を買うとき、お前と一緒に見に来て、角から2軒目がいいと、お前が言ったから買ったんやろ」
と事実を言っても忘れているので通じない。
「知らない。覚えてない」
となる。言い方を変えて、
「そうやね。お前の家と違うね。今日は、もう遅いから、明日帰ろ」とか「もう、こんな時間だから、帰るバスもないわ、明日、お父さんと一緒に帰ろ」
と言うと素直に従った。
いろいろな言い回しがあると思うが、本人が繰り返し言う言葉をメモしておいて、日頃から、幾つかの寄り添う話し方を用意しておくと演技が効果的にできた。