なぜ、認知症なんかになるんだ――。物を失くす、使えなくなる、物忘れが増える……。刻々と変わりゆく妻の様⼦に⼾惑う⽇々。初めての介護に苦戦しつつも、⾃分なりの⼯夫をして乗り越えてきた。葛藤と妻への感謝をありのままに綴ったエッセイを連載でお届けします。
実家に帰りますと家出する…逆らわずに挟み打ち
2016年の初秋の朝。デイサービスでもないのに、妻がよそ行きの格好をして、沈んだ顔で2階から下りてきた。手にはハンドバッグを持っていた。
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「今日は、デイサービスの日と違うけど、どうした」と聞くと、「お父さんには、これまで、迷惑ばっかりかけてきました。私は、もう、何にも出来ませんし、いてもいなくても同じです。何の役にも立ってません。だから、実家に帰らせて頂きます。お父さん。これまで、大変お世話になりました」と涙を浮かべながら深く頭を下げた。
「お前。何を言ってるの。お世話するのは、お互いさまや、お父さんは何にも迷惑だなんて思ってもいないよ。お前の病気を早く治すために一生懸命尽くしているだけや。そんなこと言わないで、落ち着いて」と言ったが、頑として聞かなかった。
心療内科のS先生のアドバイスを思い出した。「困ったときは、本人が興奮しているので、反対せずに、本人の言う通り思うようにさせなさい。ただし、見守りだけは分からないように、そっと後をつけなさい」との言葉だった。
「そうか。そこまで言うのだったら、お父さら、いつでも、お前を受け入れるから、帰っておいで」と言った。「お父さん。長い間お世話になりました」と沈んだ顔で頭を下げて涙ぐみ自宅を出ていった。
玄関の陰から、どちらに行ったのか方向を確認した。そして、妻をよく知り、車を持っているゴルフの友達H氏の携帯に電話した。彼は、10分くらいのところに住んでいる。妻の認知症については、いつもよく伝えていた。
「家内が、今、家を出て行ったので、隠れながら追跡をしている。協力してもらえるだろうか」と頼んだ。「棚橋さん。奥さんがですか?いいですよ。すぐ行きます。どうすればいいのですか?」と快く応じてくれた。とても嬉しかった。
彼の親切な行動に心から感謝した。