なぜ、認知症なんかになるんだ――。物を失くす、使えなくなる、物忘れが増える……。刻々と変わりゆく妻の様⼦に⼾惑う⽇々。初めての介護に苦戦しつつも、⾃分なりの⼯夫をして乗り越えてきた。葛藤と妻への感謝をありのままに綴ったエッセイを連載でお届けします。
寝るまでの時間帯に不安を持った…寅さんのビデオを毎日見せた
妻の就寝時間は、だいたい午後8時頃だ。2階の寝室の座椅子でテレビをよく見ていた。冬場は寒い部屋だ。自分ではエアコン操作ができないので、いつも30分前に暖房をつけて部屋を暖めておいた。自分の見たいテレビがない日は、暗い部屋で余計な心配事を思い出し不安になった。
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つらかったのは、「私は、もう何もできないし、お父さんに迷惑ばっかりかけている。お父さん。ごめんなさい」と涙ぐんで言うことだ。
「お前。何を言ってるんや。お前の病気が治ったら、今度はお前がお父さんの世話をしてくれたらいいやん。それより、早く病気を治そうよ」と励まし、歌番組を探しては、テレビに気持ちを向けさせた。妻は歌が大好きなので歌番組は大人しく見てくれた。
あるとき、歌番組がなく困った。チャンネルを回しているとBS放送で渥美清の『男はつらいよ』を放映していた。
「あっ。寅さんやってるよ。これ面白いから見るか」と言うと、「うん」と応えて見てくれた。しばらくすると、表情が明るくなり笑顔が出てきた。「わっはっは」と大きな声で笑うこともあった。見終わってから、「お父さん。寅さんって面白いわ。また、見たいわ」と言ってくれた。心療内科のS先生から言われた、「自宅では、楽しく面白く過ごすように」を思い出した。
「そうだ。寅さんが、豊子の気分を和らげてくれる」と思った。翌日、レンタルビデオ店のコーナーに行った。昭和の名作『男はつらいよ』のDVDを探した。何と全部で49作品もあった。びっくりした。毎日見ても、1カ月半も見られる。歌番組もあるので、取りあえず、1週間3本をレンタルし続けて、約4カ月かかって49本全部を見せた。