医療では、われわれが行っている日常の臨床業務は単なる戦術であって戦略ではないと考えます。目の前の糖尿病患者を食事療法で治療するのか、薬物療法で治療するのかを考えること、これは単なる戦術です。
戦略とは国内あるいは世界中に存在する糖尿病患者全体をどのように合理的に診療し、全体としてのアウトカム(糖尿病患者の予後、生活の質、総医療費など)をいかにして最高レベルに到達させるかという視点です。
医療における戦略とは目の前の患者を治す部分最適ではなく、患者や社会全体を最終的に良い結果へと導く全体最適でなければならないと考えます[※9]。戦術は戦略を達成するための方法や道具にすぎません。
戦略とは“するかしないか”の選択であり、意思決定を伴います。ハーバード大学のマイケル・ポーター教授は戦略とは、“なにをしないか”を決定することであると定義しています。
実際、病院の経営会議などでも、次に何をすべきかという議論は多いですが、何をしないかということを議論される機会は少ないと思います。病院に限らず世の中にはやるべきことが無限に溢れています。その中でどれを選択し、どれを捨てるかを決定することが戦略です。
また戦略とは、自身が保有する資源リソース(人、モノ、カネ、情報)の配分とも言えます。これらを適切に配分して最大のアウトカムを得ることが、まさにマネジメントと言えます。
1日24時間を仕事、勉強、趣味、家事にどう分担するか、限られた月給をどのように消費あるいは貯蓄するか、これらがまさに戦略です。ぜひ病院の経営会議においても、発言者の提案に対して、「それは戦略ですか? それとも戦術ですか?」と問いかけてみて下さい。
常にそのような問いかけをすることが重要で、業務プロセスの改善や業務の効率化を追い求めることが戦略ではありません。
そして戦略を立案する上で重要なのが、トレードオフ理論(trade offtheory)と機会費用(opportunity cost)の考え方です。次回からその理論を紹介します。