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今度はエリザベスが驚愕する番だった。全く信じられない言葉を聞いてしまったというような恐ろしい顔付きをして宗像を見返した。かと思うと、それは一瞬、真っ青な顔に変わり、きつい眼つきで宗像を睨みつけた。だが一方で、それを言うべきかどうか逡巡していたようだった。

しかし結局最後は憑きが祓われたように、か細い静かな声に変わった。

「あなたはなぜその名前を知っていらして? まだあなたには言ってないはずのこと? 私が、そう……私がエリザベス・ユーレ・ヴォーンであると」

とんでもない思い込み、狂気の発言とはいえ、自分の直感が的中してしまったことが分かって、今度は宗像の方が蒼ざめた。暫くは一言も発することができなかった。

「やはり……そうでしたか? でもユーレという名前の説明の前に、まずこのことからご説明いたしましょう。

今朝、私が飛行場へ着くと、レーダーの故障で全ての飛行機が飛べなくなっていました。リスボンには行けず、時間も空いてしまった。それでホテルで調べて、時間つぶしにこの画廊街を散策することにしたのです。そうしたら、ここであなたを見つけたという具合で」

宗像はまずそのことを弁解した。続いて、ロンドンのギャラリー・エステで、偶然手に入れたフェラーラ作のリトグラフのこと。そしてその折にコジモから誤って渡されたフェラーラの家族写真。

さらには、ナショナル・ギャラリーで調べたフェラーラの略歴や、エストリルのカジノで偶然出会ったフェラーラの油絵。画家ピエトロ・フェラーラに関する、これまでの奇妙な経緯を手短に説明したのだった。

「先日ロンドンでフェラーラの絵を手に入れた折、店主コジモ・エステ氏から間違って渡された写真がフェラーラの家族写真だったようなのです。作品集の略歴では、子供は一人のはずなのに、家族写真には二人の子供が写っていました。

ですから略歴に記されたユーラさんとは別に、もしかしたらと、瓜二つの少女の存在に気がついたのです。写真の裏に書かれたその少女の名はユーレさんでした」